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2008年のフィールドノート

12/23   故郷への旅の追憶・・・これでお終い。新年から新しい写真の旅を続けます。

さて物語の続きだ。船坂盆地の東南、安室川の支流梨ケ原川の最奥の村が父の生家である。ここは岡山との県境で交通の難所、船坂峠の直下にある。辺鄙な場所だが昔から比較的豊かで派手な土地柄である・・・と言うのも峠を越えた岡山側の三石にレンガか何かの工場があり、自転車やバスで通勤できる距離なので、勤め人としての現金収入と農業(果樹栽培と米作)による収入があった。また国道2号線が村を縦貫し、旅人相手の(昔は行商人、現代はトラックマン)小商売も成り立ったのである。父の生家もかなりの地主だったにもかかわらず、家の裏に国道が走ったため戦後食堂を始め、三人の子供を都会の大学に通わせた(これは過疎の村では大事件である)。中国道ができる前は田圃1枚潰した駐車場にトラックが並んで、食事のみならず雑貨や衣類、ジュークボックスまであり、現在の高速道路のPAのような賑わいだった。夜中トラックの地響きがして眠れないので、私はほとんどここには泊まっていない。その後中国道、山陽道開通で通行量は激減し、子供達は都会に出ていったため、伯父さん夫婦は店を閉じて建物と自動販売機だけが残った。

昔は山賊が出たという船坂峠は、今トンネルが抜けて格段に便利になっている。向こうに岡山の光が見えてきた。 ルミックスL1デジタル

12/13

湯脇をあとに、船坂盆地の北のはずれの父の生家へ向かった。兵庫と岡山の県境の船坂峠(国道2号線と山陽本線が越える場所で、以前は難所とされた)直下、最奥の村である。私のいた頃は水死人の噂が立ち、恐いような寂しい場所だった大きな池があり、その近辺は里山とはいえ暗い山道だった。ここは星ヶ峰の山麓で、現在は星祭公園として観光開発に着手している。そう言えば小学生の頃、夜に外へ出ると真っ暗な空に天の川が見えて、星々が砂糖をばらまいたように、チカチカと光っていたことを思い出す。

星祭公園から船坂盆地を眺めた。岡の斜面には桜が植えられているが、まだまだ大木にはなっていない。家の集まっている中央が駅と上郡町の中心部、左の紅葉の山の麓が湯脇、その上を智頭急行鉄道が走っている。しばらく眺めていると、智頭急行の各駅停車はワンマンカー1両編成で1時間に1本程度(それも乗客は少ない)、しかしJRの特急が山陰方向へ走っていくのが分かる。JRは曲がりくねった姫新線などではなく、トンネルや高架を多用した直線的な線路を利用しているようだ。つまり第三セクターの智頭急行鉄道は線路貸で地元の細々とした運行を確保しているのだ。私の故郷の村は高架で分断され、景観の悪化は著しいのだが、それでも「ありがたい」過疎の複雑な価値観を感じさせられる。遙か上流の西粟倉村へは以前は姫路まで出て、ローカルバスで1日がかりで行き来した。この鉄道は千種川上流域(河川水運時代は一直線)へのまさに「急行」悲願の路線だったのである。対比的にここで手前に伸びる山陽本線は主役の座を海岸沿いの赤穂線に譲り、長い連結の貨物列車だけが次々と通過していく。そして国道2号線はまず中国道、次に山陽道の開通で道は立派でも通行量は少なくなった。 ルミックスL1デジタル

12/5

さて私の生家に着いた。字の一番奥にあり、寺から見た家の裏側である。母も私もここで生まれたのである。母の生まれた年に建てられたので築80年である。生家と言っても30年以上も前に、跡継ぎ一家は手狭になったこの家から村の前に新築して移動した。ここは都会の老夫婦の田舎暮らしのために売却された。おばあちゃんはそれを惜しんで、都会で所帯していた私の両親に別宅として買ってくれないかと持ちかけたのを覚えている。その後この家の主も代替わりし、おばあちゃんも亡くなって、家だけがほとんど当時のまま残っている。屋根は茅葺きからトタンに変わり(葺き替えと日常の手入れが大変なので、この地ではすべての家がトタンか瓦に変わっている)、生け垣だった塀がブロックになり、手前にあった土蔵が小屋に変わったぐらいである。

安室川の氾濫原の船坂盆地の村々はすべてが回りを囲む山のすそ野の微高地にあり、昔は川の近くには家がなかった。生家が川の横に移転してすぐに大洪水があり、被害は小さかったものの、河川敷はそれまでの半自然堤防から完全な護岸がなされ、風情はなくなったが洪水は以後なくなった。川の横には果樹が多く植えられていて、現在もその名残がある。特にブドウと柿は有名だった。現在は収穫されることなく、それでも毎年各家の庭先や畑の横で実を付けている。川に右側の山が落ち込むあたりに岩場があって、淵に飛び込んだり潜ったりの川遊びの場所になっていた。今は堤防を作るため岩場は壊されている。 ルミックスL1デジタル

12/2

西粟倉村から作用へ下り、水系を千種川に変えてずっと下流の上郡町湯脇に着いた。バス道は避けて、子供の頃歩いた支流安室川に沿った崖の道を通る。智頭急行線開通と同時に線路脇の道は舗装になった。すっかり景色は変わったが、道端の途中のお地蔵さんは少し位置をずらしただけで以前と同様、小径とその向こうの川面を見つめていた。

私の生家の裏の寺跡。昔は無住寺とはいえ、庫裏や鐘突堂はあり、寺守の一家が普段の守をしていた。現在は塀と石垣だけが残り、寺跡には小さな新しいお堂が建っていた。裏はすぐに山で、半分森に飲み込まれつつある。 ルミックスL1デジタル

11/30

大原宿から少し川を遡って、ようやく西粟倉村に入った。天気が悪いこともあるが、まわりを深い山に囲まれているため午後3時でもう薄暗い。湿度が高いため桜の古木の幹に地衣類がびっしりと生えている。ここ筏津(ここで材木を筏に組んで下流に流したらしい)から左の渓谷に入った。

谷の最奥に私の故地はある。村の境にモミジの木が数本植えられていて、この時期に私を迎えてくれたような感慨を持った。よく見ると枝の1本に赤い着物の人形が掛けてある。もちろん酔狂でなされたのではなく意味があるのだ。山主の村・知社、裏山は木地山、前山は高照峰と星祭山で、星宿の妖精が住む場所である。 シグマDP1

11/27

とっくに稲刈りの済んだ田圃、山は紅葉が綺麗、畑には秋のなごりの菊とモグラよけ、こんなシーンに真っさらの体育館、まったく不揃いな景色だ。それでも田舎が残っているのは頼もしい。 シグマDP1

ようやくこの地方の中心地「大原」に着いた。鳥取と瀬戸内をつなぐ智頭街道の宿場として近世〜近代におおいに栄えた。町並みも丁寧に保全され、けっして厚化粧ではない伝統的な景観と感じられた。ここはまだ東粟倉、目的地はもうすぐだ。 シグマDP1

11/26  「故地への旅の追憶」(メカス風に)雨の休日足をのばした。京都からたったの200km・・・しかし遠い遠い道のりだった。これから数回に分けて写真を出したいと思う。

連休に私の故地へ三十数年ぶりに帰った。未だに夢にまで見る「おばあちゃんの故郷」西粟倉村である。雨の智頭鉄道、みやもとむさし駅にて。1両編成のワンマンカーで5−6人が乗るのみである。国鉄からJRに変わる頃、赤字間違いなしの計画路線(鳥取〜上郡間)が開通した。私の感慨とは関係なく、鳥取と岡山の県境の山村とずっと南の上郡がつながったのである。 シグマDP1

町村合併のために、ここは美作市のようだ。宮本武蔵生誕の地として、NHK大河ドラマ放送の時観光開発がなされたらしい。現在はもとの静かな僻村に戻っている。 シグマDP1

11/21  先日西国三十三所のうち、南大和の三山に詣でた。 ルミックスFX100デジタル

長谷寺の山門。紅葉は三分というところか・・・私は長谷寺から眺めた山の景色が好きだ。本堂前の高台もいいが、門前からも300段の階段からも、下の景色は好ましい。下がっているのは名物の長谷寺行灯。

次は岡寺。以前は大伽藍だったようだが、現在はこじんまりと飛鳥の東の山麓に存する。長谷寺と異なり観光とは縁遠い雰囲気で、静かな山寺の趣がある。長谷寺の観音は立像、ここは座像で共に木像としては大きく、文字どおり「丈六」の大仏である。

さて最後は眼病封じで知られている壺阪寺。ここも飛鳥盆地の南端の東山中のかなり不便な場所にある。バスが1時間に1本、1日に8本程度、寺からの終バスは4時半だ(つまり寺参りの人しか乗らない)。しかしここはインドの寺と提携し、どんどん隆盛(言葉を選ばないといけないが、大規模化しているのである)している。行くたびに新しく設備や仏像が増えている。今回は千手観音を中心に四基の石像が開眼した。さすがに山の中、紅葉が綺麗であった。

11/15

西国三十三所18番札所、京都烏丸御池の頂法寺(六角堂)を京都文化博物館に行ったついでに寄った。町中のお寺だが風情があって近所に勤めている人にはいい所だ。私の以前のオフィスは四天王寺の近くで、よく昼休みに弁当を持って行ったことを思い出す。

境内のハト。都会の寺や神社ではハトが多い。安全で適度に餌も採れるからだろう。 ルミックスFX100デジタル

11/11

大阪市都島の下町にて。昔(4−50年前)は地道だったが、書いてある落書きは大差がない。まわりの風景も少しは今風になったとしても、だいたいは同じに見える。 ルミックスFX100デジタル

11/9

「人権の架け橋」の2、橋は渡れるので(ただし狭い橋なので駐車は不可)本土側のたもとに停めて、徒歩で途中まで行って写真を撮った。海峡の向こう側には普通の漁村の営みが見られるが、この橋とその周辺の空気は重々しい。写真を撮る私の横を関係者らしい車が通がかり、すぐ横ではなく20mほど離れた所で停まって、私が去るまでこちらを窺っていた。列島に架かる橋はすべて私たちの税金で建設されたものだ、堂々と渡れるようになる日が来て欲しい・・・もちろん差別がなくなる(あるいは風化してしまう)ことが条件なのだろう。 オリンパスE300

11/6

瀬戸内のトロンとした夕景、最近伸びてきた岡山のカキ養殖筏が雲の上に浮かんでいるようだ。 リコーGX100デジタル

11/3  シグマDP1での撮影=いずれもリサイズ以外は無補正。

厄除けの寺として全国的に有名な奈良の松尾寺で秘仏開扉と聞いて参山した。『厄除千手観音』はすばらしい・・・たいていの秘仏がそうなように普段厨子の奥深くにあるためか、どこの寺でも特別に綺麗である。 シグマDP1はハイライトが飛びやすいため、今回は露出補正−0.7、コントラストを低く、代わりに彩度を+0.6と設定してみた。曇っていたので調子は少し眠いが少し煮つまったように思う。

松尾寺は観光地ではないため境内を巡るのにも時間はかからず、早々に下山した。時間が余ったので比較的近くの郡山城跡に立ち寄った。普段は観光地でもないためそれ程の人出はないのだが、今日は文化の日、市民祭りが開催されていて大変な人出である。これも同じカメラ設定(AFは外す必要あり=MF撮影)で、これならまずまずだろう。彩度をあげたためだろうがAWBでややマゼンタがかかる(路面を見ると分かる)・・・結局細かな調整が必要になるだろう。コンパクトデジタルカメラとしてはルミックスFX100やリコーGX100に比べると画質以外の点で大きく劣後していると言える・・・ファームアップや来るべきDP2に期待したい。

11/2

和歌山県加太にて。向こうの島は友ケ島、こちらは明治期に作られた旧日本軍の砲台跡、狭い海峡のこちらと向こうから大阪湾に攻め込む艦艇に対する防備と考えていたのである。当時は「黒船」の脅威が生々しかったのだろう。実際に砲火が交えられたことはなかった。海軍(なかんずく船運全体)への依存度が高かった時代の夢物語。 リコーGX100デジタル

10/19

1975年の琵琶湖・長命寺の港にて。沖の台はなんだろう?現在はないが比較的最近まであったように思う。美術学生だった当時のこと、分からないまま湖水浴用の飛び込み台か何かだと同行の同級生達と語り合っていたことを思い出す。しかしよく見ると周囲に桟橋用の杭があるので船の係留のための施設の骨組みと思われる。 ミノルタSRT−101+ロッコール35mmF2.8+トライX

10/18  好日好天、今日思い立って琵琶湖に出かけた。 1週間で4日間のフィールド、秋のシーズンと言っても少し飛ばしすぎか? 写真はすべてペンタックスK10D

矢橋帰帆島にて(もちろん埋立地だ=ここは近江八景「矢橋の帰帆」の場所だが、当時の港は遙かに陸に行ってしまった。帆掛け船のかわりにヨットやボートで賑わっている。それでも船の往来のある風景はいいものだ)。浜大津の新開地、バス釣り、モーターボート・・・すっかり南湖の景色として馴染んでいる。私は自然が大好きだが必ずしもネイチャー派ではない。

湖周道路をひた走り、八幡堀へ。 今回の撮影は短時間に幾つか回るため、対象を絞っていたため楽に撮れた。ここでは八幡堀の日牟礼神社参道に架かる橋から屋形船を撮ることと、あとひとつ(これは失敗したから書かない=冬にまた来る)だけだ。琵琶湖には年に10回ぐらい来るが、いつも近江八幡が基点となってきた・・・今回本の出版のためにネガ・ポジを整理して分かった・・・なんと36年間!通っている(1972-2008)。

さて琵琶湖大橋を渡って、湖西側の雄琴港へ。 予想どおり船の往来発着はなく、おおむねチャーター観光船だけのようだ。 「釣り禁止」の立て札はあるものの管理者(観光船の事務所がある)も釣り人もあまり気にかけていないようだ。バスは少なく小型のブルーギル(8cm程度)が多いのだそうだ。雄琴は昔の歓楽街の雰囲気は払拭されて、雄琴温泉を中心とした都市から来るのに便利で手軽な観光地となっているようだ。駅名も「おごと温泉駅」となり、駅前には無料の足湯もできた。 さあこれからどうなっていくのか。

夕方3時、雄琴のすぐ南にある「唐崎の夜雨」(近江八景)の松を見た。ここだけは初めての訪問である。江戸時代の浮世絵(安藤広重)とまったく変わらない景色に安堵感を持った。 これから最終の目的地の三井寺に向かう。

三井寺の参拝を終えて帰路につく。瀬田川での大学漕艇部練習風景も見慣れた景色で、私の帰り路を暗示している。ここも近江八景「瀬田の夕照」(元は瀬田の唐橋近辺の夕暮れを差したが、今は俗化して唐橋の南側から南郷洗堰付近の漕艇風景が良さそうだ)のひとつである。今回は琵琶湖滞在11時−17時、対象を絞ったため広範囲を比較的気楽に回れた。こんなときいい写真も撮れるもので、大切なのは見切り=「勝負は鞘の内」ということだろう。つまり写す前から写っている。これから冬にかけて本用の写真の撮影に目的を限った旅に何度か来ることになる。

10/16

灘のけんか祭りの続き。一眼レフよりコンパクトデジタルカメラが良い・・・少し背があれば腕を伸ばして肩越しに撮れる。しかも狭い場所でジャマにならず、深度の深さも良いことだ。 ルミックスFX100デジタル(シグマDP1は「遅すぎ」)・・・このジャンルのカメラが最近進化しているのがありがたい。CCDサイズがフォーサーズ程度で、24mm−100mm相当があれば充分だ。友人がルミックスFX-3を買った(少し気になるが、まだもう少し高スペックが欲しい)。

10/15

このところ頻繁に旅に出ている。これは昨日・今日と行った兵庫県姫路市/有名な灘のけんか祭りである。坂越も含めてこれから何枚か紹介したい。 シグマDP1

10/13

この祭りは大避神社境内での神事と、神々を乗せて海での船渡御、そして神社の御旅所である生島での神事のみっつに分かれている(もちろん祭りとしては一体のもので、あくまでシーンとして分かれていると言う意味である)。 船渡御が進んでいくうち浜で撮影しているうちに、これらの木造船の製作と修理を手がけている船大工の湊さんに出会った。話す間に「ほな行こか」となり小舟に乗って島に渡ったのである。

坂越の駅で帰りの電車を待つ学生達・・・申し訳ありませんでした(撮影はスミチャン)。今回の撮影の講評は11/8(土)pm1〜前回と同じ教室で開講です。

10/12

今年も坂越の船祭りにやってきた・・・今年は学生共々総勢10名での参加である。去年より涼しくて過ごしやすかった。そんなわけで11時半から5時過ぎまでみっちりと撮影ができた。皆に「帰りの電車に遅れないように・・・」と話したが、私自身が乗り遅れてしまった。そのいきさつは明日のアップとしよう。 ルミックスFX100デジタル

10/10

長谷寺にて。近日にまた行きたい。西国三十三所1000年祈で各お寺の秘仏公開がある。寺によって期日や期間に差があり(その方が都合がいい)、今年の9月の清水寺をかわきりに2002年まで実施されるようだ。全部は無理だが、せめて2/3ぐらいは立ち寄りたい。信仰心と言うより「立ち会う」心境である。 リコーGX100デジタル(このカメラで撮るときは、なるべくスクエアフォーマットにしている)

10/2

富山・小矢部川の投網漁。ここの流域ではアユやサケなどのお馴染みの川魚だけではなく、ウグイやモクズガニその他の川魚も多く食べている。そのため数は少ないが専業の川漁師がまだ残っている。 ヘキサーRF+Tri-Elmar

9/28

どこかの本に書いてあった「人権の架け橋」、長島と本土をつなぐ橋が最近架かった。それが見たくて少し回り道をした。見てのとおり海峡の最も狭い場所は100mもなく、そこには渡し船の船着場の跡らしきものもあった。橋は問題なく渡れたが、渡りきったところに検問所があり、「関係者以外立ち入り禁止」となっている。大義としては全島が国立療養所の敷地だとなってはいるが、まだまだ橋の向こうとこちらの距離はあるような感想を持った・・・いったい関係者とは誰のことなのだろう。 オリンパスE300

9/27

また旅の続き。日生〜牛窓間の岬にて。普通の車では入れない道を行く。ふと南に開けた丘に出た。どうやら果樹園のようだ。暖かく穏やかな気候、陽当たり、水はけ・・・すべてが良好、ある種の瀬戸内の象徴として夕暮れの果樹園を見た。遠くの島は小豆島ね右の島は前島である。 オリンパスE300

9/26

旅の続き。牛窓(瀬戸内市)の隣の大きな港町、日生(ヒナセ/備前市)にて。 北前航路の寄港地だった日生、往時の賑わいはないが、それでも様々な船の往来発着はある。ここから多くの島への連絡船が出ている。 オリンパスE300

9/24

岡山県の日生〜牛窓への小旅行、暑くて眩しい旅だった。気温・湿度・光の強さ・・・京都の山間部とは大違いである。 ここは牛窓の前島への連絡船、15分に1本航行し、乗り降りの人数は少なくとも生活の船としての力を感じた。片道5−6分、往復で280円の船賃である。 オリンパスE300

9/14

下と同じ場所から見た1991年の八幡堀。レンズの焦点距離が異なるので画角・距離感は違っているが、右の倉庫や奥の寺で確認できるだろう。 見事に修景がなされている・・・しかし観光用に作られた景観であることも忘れてはならない。その昔、八幡堀は下のような景色だったのではない。 特産の八幡瓦生産のための瓦土や燃料用の割木、そして瓦の製品を運ぶための舟運の堀だったのである。瓦産業が寂れていくとともに堀も泥や水草の滞留するやっかいなものになっていたのである。このサイトの読者はどちらの景色を好むだろう?

8/28

八幡堀の観光水運は毎年伸びていくようだ。遊歩道も整備され、ここはすっかり河川公園のようになっている。20年前ここはヘドロが滞留し船は通ることもできず、埋立の話すらあったのである。元は両岸ともに瓦屋で川の船から直接瓦土や燃料の薪を荷揚げしていた。

8/24

近江八幡の国民休暇村の浜から(湖水浴場)沖島を眺める。休暇村は琵琶湖中でも人気の公営の保養施設で、お盆までは混み合う・・・使節の前の道路はこの期間一方通行になるほどだ。沖島は淡水湖に浮かぶ島として世界でも珍しい人口と独立性を持っている。 ルミックスL1デジタル

8/23

雨の琵琶湖へ行った。以前より釣り・水泳・カヌー・水上スキー・観光などレジャーやスポーツでの人出が多くなった。 まだまだ続くウミへの憧憬。 ルミックスL1デジタル

8/16

昨晩、奈良県十津川村西川流域の盆踊りを見学しに行った。最近無形民俗文化財に指定されたらしい(中世の念仏踊りを伝承していると聞いた)。 1時半に橿原神宮駅を出て、車で紀伊山地をひた走り、少しばかりの休憩をはさんで現地に着いたのが夕方の5時、盆踊りは8時からと聞いていたが、現地の人に聞くと「分からない・・・」とのこと、外部からの参加者は私と一緒に行った友人だけの村祭りだ。店も宿(十津川温泉からも非常に遠い=なにしろ日本一広い村なのだ)も公共交通機関(バスも休日は日に2本)もない現在の状況では取材はかなり難しいことである。今年は取りあえず「下見」と言うことで、来年以降にまた来たい。 ルミックスFX100デジタル

8/12

祝園駅・・・だいぶ影が濃くなってきた。今年は記録的な猛暑だという。平年より平均で1.8℃も高いらしいし、降雨も少ないようだ。 お盆もノンビリ事務所で仕事だ。 ルミックスFX100デジタル

8/9

昨年の夏、広島市街地の昼間の景色。左中央に小さく原爆ドームが写っている。 秋になったら、また瀬戸内への旅が始まる。 ペンタックスK10D

上と同じ窓からのナイターの景色・・・「夜は千の眼を持つ」。

8/2

帰りの電車から。だんだん日が短くなっていく。朝も夕方も毎日時計のごとく同じ電車に乗るため、季節の巡りには敏感になる。実際には暑さの真っ盛りなのだが、毎年ながら「秋近し」と感じている。 毎日持つカメラはやはりルミックスFX100デジタル、とてもいい仲間だ。久しぶりの夕焼け空、もちろん色は誇張してある(面白みではなく、感じている色に近くしてある)。

7/22

天河神社へ行った。「インフォメーション」にあるとおり、今回は日輪大弁財天のご開帳ということで、紀伊山中、国道309号線の細道をひた走った。過去に何度か走った道だが、今回は大峰山の洞川温泉や釣り人(アユやイワナ)水遊びの人達もくり出して、また天河神社への観光バスや増便された路線バスによって、初めて大渋滞となった。行き帰りで約5時間も車のシートに座っていたことになる。
ともあれ例年恒例の七夕祭りより三倍も多い人出で、大部分が観光客ではなく信心のために来ているように感じた。水・火・愛・航海・芸事・鉱山など多くの関係の信仰を集める、私にとって正体不明(研究者や仏教者には一定の定義づけがあるようだが、今のところ納得はできていない)のカミサマ「弁財天」を追いかける旅の始まりを予感する。

神戸の高校から水神である龍の踊りが奉納された。今回は60年に一度の秘神のご開帳という宗教的な理由以外にも、高野山・吉野・熊野などの紀伊山地域の世界遺産登録に呼応した、観光事業への参加という意味合いがあるのであろう。私は観光化に眉をひそめたりはしない(少し心が曇るが)、今や古来からの文化は消滅の危機にあり、むしろ観光化を受け入れたところだけが保全されていると言えなくもない。
10年以上も前に越後荒川の老川漁師の「10年もすればすっかり変わっているさね」と聞いた言葉が今そのとおりになって、予感として更に次の10年では「まるっきり変わってしまう」ような気がするのである。空間が(言い換えれば事物が)時間軸に沿って変化していく。事物は記録されるかも知れないが、時間そのものは淡々と進むのみである。私は記録し続けてきた(空間認識はできているつもり)、しかし時の流れをどう概念化するのか?大問題に直面している。すなわち「じっくりと探求」するほど時間が残されていないのである。   ルミックスFX100デジタル

7/16

6月の下津井沖にて。遊覧船に乗って瀬戸大橋を四国の坂出地先まで行った。梅雨時なので天候は良くなかったが、乗船中雨はなんとか降らなかった。 各地の観光水運の旅が続く・・・「まだまだ大丈夫」という感じと、「もう終わりかも」という実感が交差する。 瀬戸大橋架橋20年、車と列車が上下に走り、橋の下を船が行き来する・・・瀬戸内の理想的な景色だと思われていた。

7/7  今日は七夕・・・旧暦では今年は8/7になっている。その日は天河神社の星祭りに行こう。

さて、琵琶湖での寸景をふたつ。 上は近江八幡地先のエリ漁と観光船。定置網の一種のエリを壊さないように船は湖岸の近くを通る。対岸の比良山系は空気の透明度が低いため霞んで見えない。暖かい季節は、晴れると湖面から蒸発する水蒸気のせいで遠くが見えにくく、むしろ曇天の方が視界はいいのである。春にはここのサクラ並木が美しい。

下はこの湖岸の背後の山にある「長命寺」、8百数十段の石段を登って到達する。アジサイが綺麗だとニュースで見て、去年に続いて急遽きたのである。去年は雨、今年は晴れ、熱中症一歩手前での撮影となった。去年と異なるのは山門脇の公衆電話が撤去されたことぐらいだ。  撮影はルミックスL1デジタル・・・初めてのフィールド使用だった。

7/5    琵琶湖博物館に行った。開館当時(12年前ぐらい?)に1回行ったきりで、久しぶりに立ち寄った・・・熱中症警報が出るぐらいの暑さだったせいでもある(実際に館内放送でアナウンスされた)。 当時(全国の県立博物館で最大だった=水族館や植物園も併設されている)も新鮮だったが、今でも楽しくて3時間以上見学にかかった。それもかなり端折ったので、ちゃんと見ると丸1日はかかるだろう。特に淡水魚専門の水族館はいい。 明日、午前中に行ったフィールド写真を出すことにしよう。 ルミックスFX100デジタル

6/21

瀬戸大橋の本州側、下津井へ行ってきた。きのう今日と雨が降ったり止んだり、蒸し暑い二日間だった・・・しかし下津井・児島・鷲羽山の小半島の狭い局面の楽しい二日でもあった。続きはまた今度。 オリンパスE300

6/17

広島・江田島の夕景・・・能美から宇品港へ向かう連絡船。ルミックスのビーナスエンジンのたまものである(無補正)・・・ただしもっと青い方がいいのか、黄色い方がいいのか、それは疑問符(?)。

6/8

また調査旅行・・・今回は兵庫県相生市のペーロン祭である。昨年に続いて2回目だ。もともと郷里に近い場所なので訪問は「いつでも行ける」と伸び伸びになっていた。一度来ると二度三度となっていく・・・今年は忙しくて時間がとれないと諦めていたが、やはり無理を承知で帰ってきた。

今回は競漕の前に行われる天白神社での神事と船渡御を見るのが主たる目的だったので、朝は6時半から活動を開始した。  オリンパスE300

6/3

鳴門市営黒崎渡船(道の一部なので無料)。今は老人と通学客のみだが、以前からあったものらしく乗り場の横は金比羅さんが祀ってある。 ペンタックスK10D

5/29

北陸自動車道杉津PAの展望台から敦賀半島を望む。最近は高速のPAも景観や設備を重視している(以前は「休憩所」の雰囲気が濃厚だった)。下に見えるのは北国街道の要衝・杉津(スイツと読む)の町並み、対岸の敦賀半島の先端には原発が見えている。 ルミックスFX100デジタル

5/21

徳島県立博物館にて。徳島とどの程度関係があるのか、ここには恐竜や絶滅哺乳類の立派な化石が多数展示してある。これはオオナマケモノ、向こう側に吉野川のカワフネが展示されている。 ルミックスFX100デジタル

5/20

またしてもフィールドへ・・・毎週だ。 今度は徳島へ(鳴門市/徳島市)。 これは長原の最後の県営渡船である。県道を渡す船のため無料である。 ペンタックスK10D

5/14

三方五湖の海山にて。 観光地としてはすっかり寂れていたが、路肩の臨時の店での商売は盛んである。このあたりは背景にも見えている梅の名産地で、梅農家の人が自家製造の梅干・梅ジャム・甘露煮、その他自家製の味噌などを売っているのである。安くておいしい・・・似たような品物を土産物センターのようなところで買うと倍の価格と、防腐・防カビの添加剤を覚悟せねばならない。 地方の観光について研究している最近、考えさせられる問題だ。 ルミックスFX100デジタル

5/13  ここのところ毎週あちこちに出かけている・・・今回は琵琶湖から若狭、越前の小旅行である。

滋賀県大津市堅田の山手にて。 最近は河川敷や田畑に鯉のぼりが舞う風景がよく見られるようになった。 ここなど観光とはあまり関係のない町はずれの農村地帯である。しかし田園風景にこそ似合うのかも知れない。 ルミックスFX100デジタル

5/9

新緑を坊さんが行く。たくさんの修行僧が左右上下に歩き回る。概して一般的な若者と比べて身体がシッカリとしているようだ。

観光客のスナップ撮影にも気軽に応じるし、デジタルカメラの取り扱いも手慣れたものだ。  リコーGX100デジタル

5/7

奈良県桜井市の長谷寺に行って来た。 今は牡丹の花の季節、この寺が一年で最も混み合う時である。何やかにやで入山が遅れ、山門をくぐったのは11時55分。 長谷寺名物の屋根のついた石段を5分で駆け上がった!どうしても本堂前に12時に着かねばならないのである。

何かと言うと、本堂隣の鐘楼で12時きっかりに若い修行僧による鐘突がなされるのである。 何とか間に合い(息切れがして「想像上の舌をゼイゼイとしながら」の苦しい撮影=しかし私はフィールド写真家、その身体は丈夫だ)何枚も撮ることができた。 手前の特徴的な丸い提灯のようなものは、名物の長谷寺行灯である。

観光的な行事ではないため、鐘突が終わると、4名の僧は鐘楼からすぐに降りて庫裏にに消えていく。私はこの光景が好きで長谷寺へ来るときは必ず12時にここにいる。新緑が美しい。

新緑の向こうに五重塔が見える。秋は紅葉がたいへん美しい。ぜひ今までと同様、年に2〜3回は訪ねたい。 リコーGX100デジタル

5/6

5/2−4で以前からのフィールドである越後荒川を訪ねた。前回のまとまった調査では(1989-1994)「川辺の環境民俗学−鮭遡上河川・越後荒川の人と自然−」名古屋大学出版会=となって世に出た。  今回は(2004-2008)別のテーマで取り組んで「その後の荒川」「川辺の人々」を本にすることが決まっている・・・出版は2年後ぐらいだろう。 写真は河川敷の林の中で倒木に腰掛けて、20年来の付き合いの82歳の川漁師・大丸さんと語らう私。 ルミックスFX100デジタル

20年近く前の荒川のマス漁。この人が60代だった大丸さんである(手ぬぐいに帽子、今も同じスタイルだ)。 これはキヤノンT90+FD80−200mmF4だ。

4/29

今日、奈良県桜井市の談山神社へ「蹴鞠祭り」に行ってきた。神事と蹴鞠を合わせても1時間程度の祭りだ。楽しくて軽やかな雰囲気である・・・春と秋に行われるので秋にも行ってみたいと思う。ただしここは紅葉の名所、秋は混み合うかもしれない。 ルミックスFX100デジタル

4/27

琵琶湖の湖北地方、尾上に道の駅「みずどりステーション」がある。良い景色、澄んだ湖水と風、どこの田舎でも道の駅はそれなりに繁盛しているように思う。 右からの半島の先は葛籠尾崎、半島の奥は賤ヶ岳、左の島は竹生島だ。 リコーGX100デジタル

4/22

能登へ出かけた。能登半島の内浦・七尾西湾でのモズク漁、向こうに見えているのは半島と能登島を結ぶ「ツインブリッジ」、荒れる日本海もいいが、凪いで穏やかな海もいい。 ペンタックスK10D

4/19

昨日奈良県葛城市の柿本人麿神社の「ちんぽんかんぽん祭」に行ってきた。ほとんど町内の人達だけの祭りのようで、小雨の降る中、今年は簡便にとりおこなわれた。 とても素朴で、懐かしい気分になった(私の子供の頃の村祭りのよう)。 ルミックスFX100デジタル

4/12  ちょっとお花見散歩・・・海津大崎の浜にて、向こうに見えるのは竹生島。

今年は忙しくて本格的にサクラの景色を撮れなかった。 しかし満開の遅い(湖の比熱のため)琵琶湖の湖北地方へ行くと、ちょうど満開である・・・なんとか今年も間に合った。 高速道路や湖周道路の整備で行きやすくなったのか、最近は訪問する人が増えている。特に海津大崎の湖岸は土日は大渋滞になるぐらい有名になった。もちろんそれだけのことはある。なるべくなら平日に行くか、今津や海津など周辺の港からの遊覧船に乗って行く方がいいだろう。海から見る桜並木は素晴らしい・・・たぶん次の土日までもつだろうし、湖水に散る景色も美しいと思う。来年は船から見てみよう。 オリンパスE300

4/11

淡嶋信仰と考えていたら、3月にちょっと行った奈良県の正暦寺の人形供養を思い出した。 どちらの行事も自分の意志ではなく、友人に誘われて何の気なしに訪ねたのである。不思議な縁だと思う・・・たぶん何かが一直線に並んでいくのだろう。 ルミックスFX100デジタル

4/9

日曜に五條市阿太の源龍寺での雛流し神事に参加した。紀ノ川に雛を流す・・・吉野川−紀ノ川流域に見られる淡嶋信仰のひとつである。淡嶋は海の神でもあり、婦人病や婦人の守り神でもある。 赤穂でも見かけた・・・また加太(阿太に似ている)に出かけてみよう。 リコーGX100デジタル

4/2  春のフィールドワークの始まり・・・3月下旬から6月の上旬が私の春のシーズンだ。

先週、ちょっと富山へ出かけた。 旅の最後はまた黒部川の愛本の堰堤である。山に残雪は思ったより少ない。 オリンパスE300

3/8

呉の「大和ミュージアム」にて・・・全国的に博物館が低調なのに対して、ここ呉ではここを中心にして観光的(文化的な観光?)に成功している。 ルミックスFX100デジタル

2/29

淡路島西岸にて。冬の淡路島は東岸と西岸でずいぶん景色が違う。西岸は北西の季節風がまともにあたり、風波が荒い・・・今日だけのことではなく、長年の間に海蝕崖が形成されている。瀬戸内とは言っても私には見慣れた日本海の景色に見えた。遠くには家島や小豆島が見えている。

2/23

淡路島の由良にて。やはり石の島だ。港の一角に花崗岩の割石が積み上げてあった。 家島では全島が採石により丸裸になり(現在は採石は廃れている)、先日行った小豆島でも北岸を中心に石灰石や花崗岩の採掘が盛んである。島と採石、これがまた次のキーになる。

2/17  ペンタックスK10D

ぶらりと淡路島に行って来た。冬だから・・・ばかりではなく島は全体に活気に乏しかった。もちろん地域住民の生活のことではない。今のテーマの観光についてのことである。島の北部東海岸の仮屋の「世界平和大観音像」・・・純粋の宗教施設ではなく観光施設である。現在運営していた企業は倒産状態で、取り壊しの費用も捻出できず、資産の換価処分もまならないようだ。いったいどうする?

2/5  リコーGRデジタル/最新のカメラに比べると色の再現が良くない・・・デジタルカメラの発達、特に発色には目をみはる。ただしプリントの再現はこれからだろう。

奈良県天理市の七支刀で有名な石上神宮(イソノカミと読む)へ少し寄ってきた。 境内に入ってニワトリがたくさん歩いているのに驚かされた(本当に珍しく初めて行ったのである)。いずれ古いトーテミズムと関係があるのだろうが、詳しく調べてみないと何とも言えない。神宮の「しおり」には何も書かれていない。

2/3   雪が降って、出かけるのが億劫になりかけたが、思い切って遠征してほんとうに良かった。

久しぶりの大雪の日、吉野・金峯山寺での節分会の祭(鬼火の祭典)に行った。 吉野全山の総門である「黒門」前の土産物屋で郵便の集配・・・なかなか民営化はたいへんだ。

大護摩焚きの前で鬼踊りが奉納されている。今回の写真は少しあとで紹介したいと思っている。 ルミックスFX100デジタル

2/2

ちょっと船旅、飾磨港からの写真。坊勢島からの連絡船が着いた。荷物が積まれ、人が往来発着する・・・観光というより島の生活を支える大事な航路である。 ルミックスFX100デジタル

1/26

これが「股のぞき」の成相寺の近くの展望台からの景色。真ん中はケーブルカーで、麓には「元伊勢神社」があり、船便が対岸の駅近くまで運航されている。天の橋立(砂嘴)は歩くと50分前後かかるだろう。 ルミックスFX100デジタル

珍しい角度の天橋立。リアス式海岸のため、隣の半島から見るとこんな風に見える・・・泊まった観光ホテルの窓から。 最近は旅行もとても安価になったように感じている。 ルミックスFX100デジタルのパノラマポジションで撮影。

1/17

大阪府知事選挙が始まった。大阪市都島区の下町、政治への盛り上がりはなくても否応なしに影響は出てくるだろう。縮んでいく社会。 リコーGRデジタル

1/16

土佐恵比寿・・・やはり「エベッサン」は夜の祭りだ。しかしなぜなのか?それを考えてしまう。  ルミックスFX100デジタル

1/15

伏見稲荷の駅で道を聞く人。伏見稲荷自体は実に分かりやすく、そこに見えているのであるが、そこからどこかへ移動するのが分かりにくいのである・・・京都は観光地だがよそから来た人には迷いやすいと思われる(私は京都人なので大丈夫)。 リコーGX100デジタル

1/13

北陸・福井県の北潟湖にて。15年前に来たときより湖畔は整備され、葦原も保全されている。向こうに見えているのは「柴漬け漁」の仕掛けである。 ペンタックスK10D

1/12

もうひとつの正月風景。奈良県天理市の大和神社(オオヤマトと読む)での御弓始祭である。ここも下の土佐恵比寿と同様、村人住民の手になる祭りで、また来年も来てみたくなる神事である。 リコーGX100デジタル

1/11

奈良県高取町の土佐恵比寿神社の十日夷で。南大和地方では明日香村とともに、この度合併せずに単独で町政を維持することになった。 高取城の城下町・壺坂寺の門前町、そして奈良盆地の最奥の吉野への街道筋の宿場町として栄えてきた町である。隣の明日香に比べると地味であるが地域の団結は固い。 これから何年かあとで祭りはどうなっているのだろう?毎年来てみたいと思った。 ルミックスFX100デジタル

1/8

伏見稲荷にて。今年は全部で4カ所初詣に行った。 村の氏神様・天理大和神社・粉河寺から大観光地の伏見稲荷まで、どこも違った趣があり、久しぶり(いや初めてかも)に正月を存分に堪能できた。 今年もいい年でありますように。  リコーGX100デジタル

1/4

新年の撮影の第二弾は和歌山の西国三番札所の粉河寺である。昨日行った。ここは2度目の訪問で、前回は大雨が降っていて詳しく見ることはできなかった。今回は晴天で京都に比べると暖かく気分が良かった。 見ものは本堂前のソテツを配した荒っぽい石組みである。石庭となっているが、庭と言うより非常に造形的な石垣に見える。なぜか京都の寺の枯山水より趣向を感じる。花の季節に隣の根来寺とともに参ろう。 ルミックスFX100デジタル

1/2

さて本年初のフィールドワーク、元町から三宮神社、南京町(中華街)、神戸港クルージング、そしてこのポートタワーの行程であった。 快晴・波穏やかで気分は上々。 リコーGX100デジタル

1/1   また年が改まった・・・暦年は通過する時の通過点にしかすぎないが、それでも気持ちは引き締まる。

安宅の関の安宅住吉神社の境内の「勧進帳」弁慶の像。もちろん伝説とは言え勧進帳のエピソード以前からこの神社は存在している(海、あるいは航海の神)。 リコーGX100デジタル


2007年のフィールドノート

12/29

ちょっと北陸へ行ってきた。 いろいろ見て回ったが、これは石川県の安宅(勧進帳で有名)で融雪装置のテスト風景(本来は積雪時に稼働)に出会ったので1枚。 道のセンターラインの場所に設置された装置(何と呼ぶのか知らない)から水道が噴水のように出て雪を溶かすのである。 これからの雪の季節、消防団が出て噴出テストをしていた。  リコーGX100デジタル

12/26

根来寺の続き。向こうに見えているのが国宝の多宝塔、こちらが本堂だ。曇り日の休日で人出は多くはなかった・・・不便な場所にあるためか地元の人が多いように思われた。しかし私にはとても快適な訪問となった。ルミックスFX100デジタル

12/11

日曜に根来寺(和歌山県紀北地方)に今年の紅葉のなごりを求めて行った。忙しくてついに今年はダメかと思ったが、友人の誘いと別の仕事で行く機会が巡ってきたのである。写真は現場に立つことが前提、しかもその一回性に写真家は焦らされる。私が「とても急いで」写真を撮るようになったのも、若い頃、サクラの写真を撮っているときに「あと何回撮れるんやろ?」「案外少ない・・・天気/都合/体調/仕事etc」と思った、その時から「今が最後」の気持ちでフィールドに立っている。 ルミックスFX100デジタル

12/8

姫路市の飾磨港から家島へ渡る。家島群島への複数社の高速艇/フェリー、小豆島へのフェリーがひっきりなしに出入りする。漁船や貨物船も混じり、ここまで来ると舟運もまだまだ生きていると実感できる・・・全国的に既存の航路は激減している。  リコーGX100デジタル

12/3

このところフィールドワークで瀬戸内や北陸に出かけることが多く、あまり更新ができていない(おまけに風邪気味)。 これは姫路城天守閣の下の備前丸池田輝政居館跡で休憩しているところからの写真。世界遺産に指定されるだけのことはあって、素晴らしい城、そして保全状態である。私が幼年期を過ごした場所だが、いつも工事をしていたような記憶がある。 リコーGX100デジタル

10/21

先週の播州についで、今週は一転して富山県黒部川のサケ漁の調査に出かけた。偶然に村祭りに遭遇し、駐在所に車を停めさせてもらって撮影・取材した。いずれ河川文化研究にも役立つだろう。長年続けている本来のサケ漁調査もまた少し進展した。 リコーGX100デジタル(これは4:3フォーマット)

10/17

10/14、赤穂市坂越の船祭へ。国指定の民俗文化財で300年も続いている。私の郷里の近くで、何とはなしに思い入れがあり、このレポートは後日書きたいと思っている。 ルミックスFX100デジタル

10/15、前日に続き海の祭りのはしごである。ここは姫路「灘のケンカ祭り」だ。何しろもの凄い熱気だった。 リコーGX100デジタル(これでフィールド写真はOK)

10/7  甲南大学CDC「フィールド写真」の始まり。

今日は西宮神社へ学生達と共に撮影に行った。地域の祭り(10年ばかり前から始まった市民の祭り)に参加したのである。天気も良く盛況、おおいに盛り上がっていた。 リコーGX100デジタル

10/4

吉野・金峯山寺蔵王堂で、秘仏の蔵王権現像が開扉された。3年前に世界遺産指定を記念して400年ぶりに公開された。今回はたったの五日間の公開である・・・信仰とは関係なく、可能な人は必ず拝観に行って欲しい。人出は多いが比較的交通の便が良いので気楽に訪れて欲しい。 リコーGX100デジタル

公式サイトから借用させていただいた。蔵王権現は絵はがきや公式な写真もなく、このポスター以外は実物を拝観するしかない。掛け値なしに素晴らしい立像である。

9/20

壺阪寺の続き。密教系の寺院は諸神が多く祀られ、とても神秘的な雰囲気を持っている。もちろんお札その他の販売も熱心だ・・・ここは目の病気にごりやくがあるらしい。

9/17

飛鳥の壺阪寺(南法華寺)へ行った。西国三十三カ所六番札所の古刹である。やはり後日何枚かにまとめて掲示するが、暑い暑い初秋の日、たくさんの因果を考えながら参ったとしておこう。 リコーGX100デジタル・・・このカメラは正方形フォーマットで撮れる。これを生かして今回はすべてこの設定で撮った。フルサイズで撮ってトリミングしたらいいとも言えるが、最初から正方形で頭の中を作りたいのである・・・以前6X6でまとめたいと画策したが、フィールドで中判カメラを持つ歩くことに限界を感じて中断していた。今回リコーGX100デジタルを買ったのは別の動機(これとて一眼レフの大きさ・重さに閉口したのだから「同じ」か?)としても、「ヒョウタンから駒」である。ズーム付きのコンパクトな□カメラが手に入った! ついでに今日はすべて外付けファインダーで撮ってみた。ずっと以前にキヤノンG1デジタルの液晶モニターで撮ることに違和感を持って「なんだオモチャみたい・・・」と言っていた私が、今は慣れて「むしろ自然」とちょっとヘッピリ腰でリコーGRデジタルで撮っている。やはり新しいスタイルを試したい。

9/7

天理市海知地区の祭事に出かけた。まったくの住民だけの祭りで、当屋の人からも多くの話も聞けた。 私の語るべき物語は少しずつ進んでいく(意味はまだまだ解析不能)。 ペンタックスK10D

8/31   今日で夏は終わった。明日から秋・・・この1週間で撮った夏の写真を掲出する。 リコーGRデジタル

尼崎・塚口の植物公園にて。今年から日傘を使用することに決めた・・・紫色の黒の水玉、晴雨両用の便利なものだ(効果は絶大)。

塚口の下町にて。この文化住宅の前のキョウチクトウは特に綺麗だ。たいていが赤か白だが、ここのはピンクで、しかも木の大きさのわりに花が多くつく。今年は気候のせいか花の数が少ないようだ。

京都・京田辺にて。JR片町線は単線なので、すれ違いに時間がかかる。人の乗り降りは比較的多い。そりゃそうだ・・・このあたりは京都府で最も人口増加率が大きく、しかも電車は30分に1本・・・複線化工事は遅々として進まない。

京都府加茂町(合併で木津川市となったが、地元では依然として加茂町)にて。にわかに秋めいてきて毎日天気が不安定だ。前が見えないほどの大雨が降った。

京都府山城町(ここも現在は木津川市)の田んぼにて。木津川の河岸段丘上で稲穂が美しい。山の向こうは奈良県だ。

8/26

天川村の天河神社の七夕祭りで。

昨年に続き、先週8/19(旧暦の7/7)紀伊山中の天川村へ七夕祭りへ行った。 ここは天ノ川の対岸の八坂神社、祭神は牛頭天王(祇園さん=牽牛)天河神社は日本三大弁財天の一つで、織女(織姫)は年に一度、天河神社から天ノ川を渡って、対岸の八坂神社で神事がとりおこなわれる。 偶然だが三大弁財天(竹生島/宮島/天川)を連続して訪ねたことを知った。 弁財天は航海の神であり、芸事の神でもあり、山の神とも集合していることが分かっている。私の偶然(あるいは必然?あるいは意識下)を訪ねる旅は、海と山を駆けめぐる終わりのない旅になりそうだ。

7/31

駅で。田舎の単線駅(列車の行きちがいのため駅だけ複線)だ・・・5分後に来る列車待ちは彼女とボクだけ、反対ホームじゃたったのひとりだ。ジリジリするような夏の京都で。 リコーGRデジタル

7/29

大阪・天保山のサントリーミュージアムへ行った。今回は展覧会ではなく、立体映画「IMAX」である。この手の映画は別の場所で何度か見たことがあるが、ずいぶん進歩していて映像は良かった。以前は立体映画の迫力ばかり強調したものばかりで、「気分が悪くなる」こともあったようだった(案内板にもそんなふうに書いてあった)。 今回は海洋生物の生態映像で格調も高く、立体映画の特徴をよく出していたように思う。 リコーGRデジタル

7/26

近鉄橿原線八木駅にて。 電車は大阪線との時間待ちで長く停まる。梅雨明けの蒸し暑さに、乗客も運転士も眠そうだ。 リコーGRデジタル

7/22

奈良/大阪の県境にある朝護孫子寺へ行った。山の上にあるため比較的涼しい。 梅雨の終わりを感じさせる晴れたり曇ったりの天気だった・・・今日はイイ写真がたくさん撮れた。 ペンタックスK10D+シグマ10-20mmF4-5.6...初めて使った。画質はまだ判定し難いが、歪曲収差や像の平坦性には問題がなかった。

7/20

近江八幡の長命寺にて。アジサイがきれいだった。 この山域は南の外れ運河をはさんで八幡山(ここに山城が築かれていた)麓に日牟礼八幡宮、真ん中に長命寺、北の外れに伊崎寺と全山が聖域となっている。 ペンタックスK10D

7/16

彦根にて・・・漁港は寂れていた。 写真を撮る私に一匹のネコが付いてきた。白ネコに特有の、いわゆる「金目銀目」のネコだった。何らかのアルビノの特徴なのか、しばしば片目が金色(普通のネコと同じ)、もう片方が銀色(青灰色)である。以前、商家では縁起がいいと言って大切にしたと聞いたことがある。 ペンタックスK10D

7/15

彦根地先の浜で。「鳥人間コンテスト」用の設備が今年も設置されていた。毎年7月の最後の日曜に開催されるらしい。

7/13

琵琶湖のもうひとつの島「多景島」へ。嵐のなか窓越しの島は雨に濡れていた。 ペンタックスK10D

6/14

安芸の宮島、厳島神社にて。舞楽用の楽器(何と呼ぶのかは知らない)。明るい瀬戸内の景色に慣れるのには時間がかかるだろう・・・今まで山陰〜北陸〜東北の日本海を巡ってきたのだから。 ペンタックスK10D

6/12

ホテル(めったにシティホテルには泊まらない)の窓から広島市民球場のナイターが見えた。この北に広島城、南に原爆ドームがあり、とても立地がいい。 ペンタックスK10D

6/10

広島に立つ。初めて原爆ドームを見た。私の研究テーマとは異なるが、やはり広島へ来たらこれを見るべきだろう。当然に平和祈念資料館も見なくてはいけない。  ペンタックスK10D

5/29

学生達と近所の住吉川へフィールド・ピクニックへ行った。あまりに暑くて眩しくて、活動は思うにまかせられなかったが、みんなでたくさん歩いた。 私は靴ずれと川に落ちたことがいい思い出となった・・・今までの経験からして一生忘れない。 ペンタックスK10D

5/27

5/26−27で兵庫県相生市のペーロン祭に行ってきた。 前夜祭は花火大会で小さな地方都市に5万人もの人が集まる大イベントである。 ペンタックスK10D

5/21

5/10、大雨の琵琶湖沖島へ渡った。おりからの低気圧の通過で連絡船が出られなくなり、1時間半沖島漁港で缶詰となった。島の消防船も出動し、ものものしい雰囲気の中本土へ戻った。堀切港でも警官や消防が出動し普段とは違った。 海辺で育った同行の友人は「海とは波の音が違う」、湖でも恐い嵐の一日だった。 翌朝のニュースで琵琶湖で難船、ひとり死亡の放送があった。

5/18

5/8に紀伊山中の立里荒神へ、昨年11月につづき参った。年に2度の例祭の日、かなりの人数が集まった。 私も今日は撮影というよりお参りの気分である。 ペンタックスK10D

5/16

連休明けにまた琵琶湖を訪ねた。今度は近江八幡の八幡堀だ。前回時間の都合で乗れなかった堀を行く遊覧船に乗った。ずっと以前に来たときは泥で埋まっていた堀も、その後修景され、いまでは当地の観光の中心になっている。 水辺から見た視点もまた新鮮だ・・・川辺はスケッチのメッカで、その数は年々増えている。いつか私も昔のように絵筆をとりたいと思う。 リコーGRデジタル

5/13

このところ極めて多忙だったため更新ができなかった。その代わり野外へ出ていてたくさんの有意義な写真を撮れた。 これは5/5の神戸岡本のダンジリ祭。観光化していないため支える町の人達の心意気を肌で感じられた。 ペンタックスK10D

5/3

今日は連休の混雑の中、滋賀の堅田「松井造船」へ行ってきた。昨年5月に先代の名船大工・松井三四郎さんが93歳で亡くなって以来の訪問である。息子の三男さんは還暦を迎え、弟子に入った孫も2年が経って一回り逞しくなった。この日は沖島の船の「連休後にすぐ使えるように・・・」の急な修理の仕事で、休みを返上しての作業である。  ペンタックスK10D

4/21

近江八幡市沖島にて。結局今年のサクラは八幡〜沖島への旅の一回に終わった。 むやみに忙しいのは考えものだ。来年は「少しは暇」でありたい。プロジェクトのために琵琶湖へは5月にあと一回行って仕上げとしたい。 ペンタックスK10D

4/8

さて展覧会の絵は終わって、次は春のフィールドワークの始まりだ。今制作中の本のためにサクラの近江八幡に行って来た。幾つもの成果と疲労が残った良い日曜だ。またもう一回湖北へ花を求めての旅が計画されている。 初めてペンタックスK10D(レンズは純正の18-55mm/F3.5-5.6のみ=これしかないので今後は省略する)を野外で使った。オリンパスE300と比べると「重くて賑やか」、しかし画質的には有利だし、使い込んだら結果が残せるカメラだろう。スペックやフォーマットが異なるので単純比較はできないが、素人にはオリンパスE300の方が使いやすいと思われる(当然後継機種のオリンパスE330がGOOD)。

3/21

展覧会も今週いっぱいで終わる。来年度は更にパワーアップして臨みたい。本格的にコンセプトを打ち出して、もっともっと地域への関わりを深めたい(本年度は「精いっぱい頑張った」が本音)。

3/14   3/17のトークインはpm1−4(+アルファ)となる予定だ。

甲南大学「フィールド写真」展覧会の展示風景・・・美学のカワダ先生とタカハシ君、展示も勉強のひとつ、特別な意味での実習なのである。

2/18

神戸中華街の春節にて。賑やかな町が、この日は更に華やかに正月を祝う。人の流れも一方通行に規制されているほどの人出だ。

2/17

明日は春節・・・旧正月のお祭りだ。神戸の中華街へ行こう! pm1/JR元町駅にいる。すっかり神戸が大好きになったようだ。

2/16

JR祝園駅前。内陸なので冬は寒い。湿度は極端に低く、雪も氷もほとんどないと言っていいだろう。毎年水道の凍る日が何日かあるのだが、今年は暖冬でそれもなく、これから春に向かっていくのだろう。

2/8

社務所で福矢・福笹がお守りやお札とともに売られていた。福矢をいただくと「ようお参り・・・」神社では必ずそのように言う。それにしても1000円は安い。それで荒神様のキーホルダーもいただくことになった・・・ようお参りしてくれました。

2/7

話がまるっきり前後してしまうが、今回は笠荒神。山全体が神域なのだが、以前は画面の右手奥に竹林寺とともに荒神の本殿はあった。明治の神仏分離令のために本殿は現在の場所に移転したのである。非常に急な階段を上がったところが本殿。老人は両側の手すりがないと上り下りが危険だろう。

2/3

いろいろアップする暇がない。今日は朝から吉野・金峯山寺蔵王堂においての節分の祭に参加してきた。 ここでの「福は内、鬼は内」と鬼が外ではないのが特異である...鬼もまた神、もしくは神の使いなのである。 またしても大きくて清浄な感銘を受けた。

例によって撮影の(今回は祈りもした)ポジションを定める・・・寒い堂内のここに2時間半立ち続けた。辛くはない、私に写真を撮らせているのは、私自身と私の回りの宇宙なのだから。 最前列に青年が正座して一心に般若心経を唱えていた。正式に印を切り、姿勢を正してやはり2時間半、ことばを交わすでなし「同時に同じ場所で」すごした。 その後、護摩焚きや豆まきが終わったあと、ふと蔵王堂から眼下を見ると、何百人もの群衆の中で、なぜかその背の高い青年と目があった・・・微笑んで会釈すると涼やかな笑顔で私を見上げた。 私が撮影のため拾えなかった豆まきの豆の袋を彼はいくつか持っていて、私が無言で指を1本立てると、袋のひとつを投げてよこした。私は階段を下りて近づく。 「今日東京からこの日のために来ました」「私は・・・」「会うべくして会いましたね」「また来年も来ます」「じやあまた」名前を告げ合い、蔵王堂の前で来年の再会を約束して別れた。不思議な出会いが私には続いている。

2/2

奈良県桜井市・笠山荒神大祭へ1/28に行った。駐車場脇の鳥居をくぐる。駐車場には大きな施設があり、地元特産のソバ粉で打ったおしい蕎麦屋がある。以前は仮設の小屋で作っていたが、今は評判を呼んで綺麗で収容人員も多い立派な建物だ。荒神自体は観光地とは言えないが、ソバを食べに山深い笠地区へ車でやってくる人で土日はかなり繁盛している。山全体が荒神の鬱蒼とした森である。

1/28

今期の講義がすべて無事終了した。皆よく挑戦してくれた=何も言うことはない。さて、あとは展覧会に向けての準備とコンテストへのリトライだ。諸君!健闘を祈る。

1/27

今日の講義のための準備はようやく深夜に終わった。今日だけで11時間かかった。皆の力量のアップは相当なもので、1等賞だけではなく2等賞も出さねばならないと考えた。  神戸・保久良神社前でイノシシの親子が人を恐れるでもなく餌を探していた(地元の人は「ハナちゃん」と呼んでいた)。去年見えているベンチの向こうで出産したとのこと。

1/22

先週の土曜、神戸の保久良神社の大俵祭へフィールドワークのために学生達とともに参加した。子細は遠からず発表するが有意義な一日であった。写真は境内の近くから見えた神戸の海と街、「神戸」という固定観念を払拭する景色だ...いままで知らなかった神戸をだんだん好きになっていく「わが町神戸」か。 ここでHPを借りて公告する・・・第2回のフィールド写真の提出を急いで!1/2や1/20に参加できなかった人も、近所や旅先での「お正月」を見せて欲しい!ボクは見たいのです。時間も機会も残されている。

1/16

桜宮で。環状線脇の古いマンションが模様替えをした。赤いJRの普通電車とのコントラストを考えたのか、全体が緑色に塗り替えられていた。あとはいつもの風景だ。

1/12

長谷寺の山門で。寺の行事と何か関係があるのか、立派な門松が左右の対で飾られてあった。人はそれほど多くない・・・昼からが観光客の増える時間帯だ。

1/9

石光寺の山門。大規模な観光地ではないが地元では「花の寺」として有名で、季節季節に様々な花が咲いている。住職一家の手作り的な雰囲気を感じさせてくれた(もちろん庭師は入っている)。あとのレポートは続く。

1/8

この3連休中、色々あってどこへも出かけられなくなりそうだったが(冬にひとりで出ることは思いもよらない)友人に頼んで誘ってもらった。さてかねてから奈良県櫻井市の長谷寺の寒牡丹を見たかったのだが、以前に訪ねた時は2度とも花は終わっていて、ようやく今回見られた...ついでに当麻の石光寺まで行って、ここの寒牡丹も見た。

1/5

昨日、琵琶湖の北の塩津湾・月出へ行った。琵琶湖はだいたい湖周道路でつながっいるが、湖北地方は集落が少ないことと山がウミに直接落ち込むような場所が多く、道路はどうしても内陸を走り、水辺には孤立した僻村がいくつか残っている。だがこれらの村にこそ愛着を感じて足しげく通うのである。「民俗・地理学のフィールドから」と言っても、やはり学問では割り切れないボクの人生がそこにあるようだ。

1/2

今年最初の出仕・・・神戸の神社へ初詣の写真を撮りに行った。あいにくの雨だったが気にはならない。でも慣れていない学生達は少し辛そうに思われた(だいたい「寒い」「雨降り」「正月」・・・普通はあまりハードに写真を撮る気分にはなれないだろう)。それにしてもついてきてくれてありがたかった。今回は学校の備品のカシオ・エクスリムを借りて使ってみた・・・これも一般的な学生の装備品に合わせたかったから、確かに私は一般から見ると高価な機材で写している・・・これを「普通」にしてみたかった。

1/1

和泉砂川で。冬の畑、冬でもなんとなく植物が生えているし、何かの花さえ咲いている。今年もいい年でありますように。


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