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ライカズマロン35mmF3.5とキャノンセレナー35mmF3.5

ライツレンズへの挑戦、その1

今回は国産レンズの「ライカへ追いつけ!」の話の第一弾をお送りする。過日1950-60年頃の出来事である。ボディはこの時代ついに追いつけなかったが、レンズでは追いつき、それを基礎として次の70年代に追い越したと言えよう(勿論、一眼レフ用レンズにおいて)。昨今の日本の各メーカーによる第二のライカブームの中、「ライカを追い越せ!」のプロジェクトの始まりの状況をかんがみ、過去の第一次の出来事を記しておくのも無用なことではないであろう。特に私にはこの時代の国産レンズの性能の向上は格別のものがあり、しかし案外まとまった評価、評論、研究が少ないと感じられる。技術者の努力は日夜なされており、今も昔も変わらないと信じている。しかしその詳細は企業の非公開の部分が多く、歴史の中に消えていくもののようである。実際プロアマ問わず使った人は良く分かっているだろうが、実物が消えていくとコレクター的な価値は当然残るとしても、使用可能な道具としての価値は容易に忘れ去られて行くものである。私は1952年生まれ、写真を本格的に始めたのは1971年なので、当然に同時代的な意味では分からないのだが、限られた資料と実物を使った性能や使い勝手の比較で論を進めたい。ライカマウントレンズは数も多く、資料も多いので読者諸氏もこれらを検討をしてみるのも面白いことと思う。またこのHPを見て頂いた読者諸氏からの要望にも国産レンズの評価への希望もあり、今後もこの手法で時々解説をすることとする。

さて本題に入り、この2本をとりあげたのは比較の対象の物として比較的初期のレンズであるからで、今後徐々に時代を下り、時間をかけて現在のレンズまで比較してみたい。以下キャノンセレナー35mmF3.5を中心にライツズマロン35mmF3.5と比較しつつ、順を追って述べてみよう。セレナーは1950年(キヤノンの資料では輸出用となっている)の発売で1年強で次のF3.2に交代した短命のレンズである。ただしこの後開発の続いたワイドレンズの最初のレンズとして記念碑的なもので、意外にもその完成度は高い。ズマロンは戦中に設計は完了していたようで、戦後すぐの1946年に発売となっている。
セレナーのレンズ構成はエルマー35mm(そしてニッコール35mmf3.5も)と同じテッサータイプの3群4枚構成で前玉後玉共に驚くほど小さい。後日F3.2-2.8-1.8-2-1.5と大口径化していくのだが、エルマー35共々開放値を低く、かつ収差の補正をほどほどにすれば小型化は楽にできることがわかる。現代の技術をもってすれば明るさを犠牲にすればコンパクトで(全体の厚さは2cm強)性能の良いレンズも簡単にできると思うのだが…。どういうわけか(ユーザーの要求が少ないのだろう)その手のレンズは衰退しているようである(私は慌ててRTS用のテッサーパンケーキを買ってしまった)。最近コシナ=フォクトレンダーから35mmのパンケーキが出ることを知った(原稿を書いている間に買ってしまった)が、誠に良きことである。さて本論に戻って、絞り羽根は6枚で、形を工夫して丸く絞られようにしてある。コーティングは薄い色だが各面によって異なっており、ブルー系が3面、マゼンタ系が1面、アンバー系が2面である。絞り羽根はテッサータイプの標準的な位置である2群目の凹レンズの後ろにある。対してズマロンはレンズ構成としては4群6枚の典型的なガウスタイプでセレナーより一歩進んだものと言える。絞り羽根は10枚、コーティングは薄いパープル系である。このレンズもたいへん小型である。
外から見た意匠はその後のキャノンのLマウント広角レンズの基本となるデザインで、エルマー35(テッサータイプの戦前からある人気レンズで、このセレナーもその影響を受けているのは勿論である)の意匠を避け、それまでのどのライカレンズとも似ていない独自性を打ち出している。かのニコンでも同時代のLマウントレンズでは(例:ニッコール35mmF2.5-3.5L)ライカコピーの枠を出ていない。詳細は以後に解説するとしてキャノンのその後のデザインはライカのワイドレンズの意匠に影響を与えたとしか思えない部分もあるのである。全体は真鍮製の鏡胴にクロームメッキの滑面仕上げ、マウント基部から見ていくと5mm程度の被写界深度環、少し幅広の先端にギザの切ってある距離環(輸出用なので当然feet表示)勿論インフィニティストッパーは付いている(また横道の話だがRF機のレンズ、特に全長の短い広角・標準系のレンズには形はどうあれこの種のピントレバーは操作性上必要であろう)。距離合わせはピントレバーが基本だが距離環のギザを持って回すことも可能である。クロームメッキはライカに比してやや弱く、真鍮の地金は出てきやすい。

その上にかなりすぼまって細い絞り環がある。これはギザが左右2カ所に切ってあるが小さく、絞りのクリックストップがないことも相まって使いにくい(と云ってもエルマー35のレンズ先端の小さなレバーの操作よりは遙かに楽)が、これは次のF3.2モデルになって改良された。フィルター枠はネジを切っておらず、必要ならフード共々A36のかぶせ式のものとなる。この時代のレンズによくあることでレンズの内側(クローム部分と黒く塗ってある部分の境目)に22mmのネジが切ってあるり、現在もケンコーから発売されている(意識しているのかズマロンと同一サイズ)。大事な点としてこのレンズは直進ヘリコイドでズマロンやニッコール35の回転ヘリコイドと比して使いやすさと言う点では特筆できる。

次にズマロンの意匠を記すと全体はやはり真鍮にクロームメッキ仕上げである。それまでのレンズに共通のレンズ基部の平板の座金が距離環を兼ねており、この部分のみ円周方向のヘアライン仕上げ(たいへん細かいのでちょっと見ると普通のポリッシュ仕上げに見える)で他は綺麗な梨地仕上げである。セレナーの仕上げもそれまでのものに比べると向上しているがまだまだライツにはかなわない(ただし精度の点は全く遜色はない=レンズ先端部のクロームメッキが薄くなり真鍮が見えてくるほど使われたレンズにもかかわらずガタひとつ出ていない)。1957年にキャノンのLマウントレンズがコストダウンのためだろうが大幅に改悪(あえてこう云う)される直前には追いつきかけていたが、ついに仕上げの点では追いつけなかった。さて、この座金の上に円筒系の鏡胴が立っており、回転ヘリコイドなのでピントレバーにより全体が回転する。もちろん深度目盛も鏡胴側に記してある。絞り環は鏡胴から少しでっぱっておりセレナーより使いやすいが、測光するには先に絞りを合わせ、そののちピントを合わせるという回転ヘリコイド独特の作業手順が必要で使い勝手が良いとはいえない。全長はセレナーより多少短く、レンズの先は全く同じでA36(末期にはE34mm)の枠である。この後様々のレンズが直進ヘリコイドに変わって行くが、使い勝手を考えると当然のことである。ズマロンはM3が出る1954年まで改善されなかった。保守的と云えばそれまでだが1954年と言えばキャノンではF2.8にまで進んでおり、デザイン的にも性能的にも上回っていた。ライカが威厳を回復するのは更に遅れて1958年カナダライツから有名なズミクロン35-8が出る時まで待たねばならない。ここらへんの詳しい事は別の機会にするが、今回はこの時代ワイド系のレンズは(シュナイダー製Sアングロン21mm、これは良い)28mm-1965までF5.6のままも含め、性能で国産レンズにやや劣後していた(正確に言うと戦後日本のメーカーが「ライカに追いつけ!」を始めて、1950年代に追いつき追い越されたのである=標準や望遠も似たような状況だったが、明確に追い越されるところまでいく前にRF機から撤退した)ことの始まりの(あるいは端境の=分水嶺)レンズがこのセレナー35mmF3.5なのである。このレンズで追いつき、1年半後のF3.2で追い越したと言えよう(勿論ニッコールのF3.5.F2.5も同じような結果であるが、ここでは煩雑になるので取り扱わない。ニコンが良いとかキャノンが良いとかいう話ではないのである)。ここでは分水嶺(水の流れが変わるポイント)として重要度の高いレンズと云え、ズマロンと「互角」である点も確認しておく価値があることを記憶しておいて欲しい。ちょっと難しい話になったが、外から見たり、操作してみた範囲ではほぼ同じ大きさで操作性は一長一短があり、仕上げではライカの勝ち、しかしセレナーはコピーレンズではない。このように整理できるだろう。

次に描写について語ろう。
セレナーは絞り開放近辺では、中心部は良好だが周辺が光量も解像力も急落し、「カメラレビュー 50号」の山本裕之氏の論によるとイメージサークルの不足によるものとのことである。他の諸収差による現象と異なっており、私もこの意見には賛成する。ただしスーパーロッコール45(梅鉢)もはっきりとイメージサークルの不足があるのだが、その場合はなだらかに溶けるように崩れていく。収差論はあまた見かけるがイメージサークルの話はあまり話題にのぼらない・・・。コマーシャルの撮影をしていた頃4X5で極端にあおった時に体験しているが、どうも理論的に話ができない。崩れ方が一般化しにくいのである。ともあれセレナーの周辺の崩れは絞ると(F8)大幅に改善される(F5.6では完全には改善されない)。が、この時代のキャノンの方針だったのだろう、コントラストは低めだが、しかし解像力の高い、少し絞りを開けることにより、きめの細かい軽い表現を期待できる描写は捨てがたい(たとえ周辺を犠牲にしても)味がある。私はこの時代のキャノンの描写は(その後も傾向は変わらない)大好きである。線の太い力強い描写より、線の細い軽い描写が好みなのである。最近少し変化が出てきたが(湿度を感じる濃厚な色も悪くないと思い始めた)色もあっさりとした「風」を感じるような色が好きなのである。レンズの構成が簡単なせいだろうが、発色はニュートラルで抜けは良い。この時代のライツやニッコールが黄色いのと異なりたいへん良好。後で述べるズマロンもそうだが絞り1/2−1段暗く、収差やイメージサークルを多少犠牲にするとこんなに小さな(径も長さも)レンズで済むのである。後にでる各々のF2.8やそれより明るいレンズと比べるとそう感じる。セレナーはコントラストより解像力を重視した設計である。従ってコントラストの低い被写体や撮影条件では実力を発揮できない。全体に眠くなり、ハイライトとシャドウのエッジがたたず平板な絵になる。しかしあまり強い光線下では強い反射に対して明らかに光の滲みが出る。逆光でも同じ理由で気をつけねばならない。ハイライトの滲みは絞っても完全には改善されない。その代わり絞っても大きな画質の低下はない(興味深いことにキャノンFDになっても本質的には同じ傾向が見られる)。いわゆる絞りの効くタイプのレンズと言えよう。晴れた日か薄曇りの日の中遠景の順光撮影が良い(目一杯近接するとやや画質の低下が見られる)。店のショウケースに汚れて転がっていたのを安価に購入。技術系の店なので、そのときレンズの内外をクリーニングして貰ったら大変綺麗に蘇り、結構使えるレンズとなった。コンパクトなのでCLと組み合わせて使うことが多い(今はLマウントのボディはほとんど使用していない)。おまけの話−日本のメーカーから出ているA36エルマー用フードが取り付くが、実写テストでこのレンズにおいてはフードによるケラレはない事が解った。安心して使われたい。ただしA36の全ての35mmレンズに可という訳ではない。ぎりぎりと思われる。他のレンズでも実験し(おおむねはビゾフレックスで解るが)報告しよう。

次にズマロンに移る。ライツによくある癖のある描写である。絞り開放では中心は良好だが、周辺が大きく崩れ(しかしなだらかに)、周辺光量も不足する。2-3段絞ると(5.6では不充分、F8は欲しい)周辺までピントが来る(光量も平均化する)が、中心部はあまり伸びない。どちらかと言うとコントラスト重視の強い表現になる。「ライカは軟らかい」というのはこれには当てはまらない。それに色もこの時代としては黄色みが弱く良好。それでもセレナーに比べると温調と言えよう。私はズマロン35mmF3.5はLマウントの物(1950)とMマウントのM3用眼鏡付き(1957)、眼鏡なしのMマウント(1954)の3本を持っているが、外見が違うのは当然として、見たところレンズ自体は同じ構成でコーティングも同じようだが、鏡胴の内面反射が違うのか、レンズそのものに手直しがあったのか、多少M3用の2本が抜けが良く、1/2−1段絞りも開けられるようになる(単なる個体差かも知れないが・・・後日M用のズマロンは解説する)。解像力、色彩の点では好みと言う点を除けばややセレナーに一歩譲るようだ。ただしライカはコントラストの良さと言う点で勝り、悪い条件での撮影ではズマロンに軍配が上がる。要するに操作性や仕上げと同じく性能でも一長一短があり、客観的に見て互角と思われる。キャノンはこの後1−2年刻みで改良を続け、F3.5−3.2−2.8−2−1.8−1.5と各種のモデルが続々と開発され、素晴らしいレンズ群を構成した。私はこれらのレンズを全て持っており、最初に書いたとおり徐々に同時代のライカレンズや他のメーカーのレンズと比較するかたちで解説する。そしてついでの話だが、また詳述は別の機会にするとしてズマロン35mmF2.8と比べると暗さとデザイン以外はズマロンF3.5の方がやや良いように思われる(同じ条件で撮り比べる必要があるが)。

一般的にみて私はライカレンズに厳しい。私自身はライカレンズが大好きだし、たくさん持っていることも事実だが、世間では一方的にライカを持ち上げる傾向があり、それに一石を投じ、もっと客観的に評価したいと考えている。ライカは神ではないのだ。

写真は今回とり上げたレンズに最も似合うと思うCLに取り付けた姿(ズマロン35mmF3.5L)。フルフレームが35mmの枠になる。現在CLはこれとズマロンM35mmF3.5、エルマーC90mmF4、ロッコールM40mmしか使わない。ついでの話...ズマロン35mmLにケンコーの小径フィルターをつけると厚くなり普通のキャップが取り付けられない。私が偶然持っていた古いニッコールのA36キャップが深いためにつけられることが分かった。

Leica III b に。極めてバランスが良い。趣味で持つならこうでなくてはね...私も長年Leicaを触っているうちにそんな気分になってきた。

これはDIIIに取りつけたキヤノン35mmF3.5、テッサータイプの特徴としてとても薄いことが分かる。非常にコンパクトで充分な画質を持っている。フィルターはズマロンと同じモノ。

M6につけると更に薄さが際だつ。実際に画質は我慢してもこのレンズを使うことがよくある。私は大袈裟にならないレンズをいつも必要としている。レンズのメッキがやや弱く、トップの写真は買って間もないきれいな頃だが、数年使ったあとのこの写真では絞りリングのメッキが薄くなっている。あとはレンズ先端部以外は地金は出ていない。

桜宮にて...桜並木と泥船と。コントラストが低くトロンとしている...周辺に危うさがあるが、少し絞って光の力が弱いと丁度いいように思う。ライカらしい重厚な絵画的描写になる。CL+ズマロン35mmF3.5+RA

山城町蟹満寺付近にて。これはちょっとアンダーだが、F8ぐらいに絞ってあまり輝きのない局面ならスカッと抜けた軽い描写をする。M6+セレナー35mmF3.5+RA

追補*ズマロン35Lもセレナー35も内側のフィルター径が同じ22mmであることが分かり、現在ケンコーから発売されている=当然今はこれをどちらのレンズも取りつけている。

左ズマロン、右セレナー。

CLにセレナー35mmを。小型のボディに合わせるのがやはりいいだろう。携行時も撮影時も、写す側も撮られる側も緊張関係が少なくて済む。キャップは厚手の軟質プラスチックのオリジナル品。私にとってはこのようなキャップが最良なのだが、どうしたものか最近ではどこのメーカーでも作ってはいないようだ。H.C=ブレッソンも「ジャムの瓶の蓋」に使われているこのようなモノを愛用していた。

ズマロン35mmF3.5についての追補。Lマウントのズマロンと同一のレンズ構成(これはたぶん本当)で、1954年に発売されたM3に合わせて「直進ヘリコイド化・鏡胴モデルチェンジ」のふたつと共にMマウント化された。レンズ自体は1946年に戦後生まれのライカレンズとして既に定評があったが、Mライカの専用35mmレンズ(ズマロンF2.8・ズミクロンF2)は35mmフレームが出るようになったM2(1958年)からである。ここでの不思議=ズマロン3.5はM3の時代にはファインダーフレームに50mm枠が出てくる。つまりM3の企画製作の時期には、ファインダーには50/90/135mmのみで、ワイドはどれにしても外付けファインダーを使用することを前提としたことになる。ついでに書くとM3用メガネ付きズマロン3.5は1956年発売=35mmレンズの重要性を認めての発明である。しかしM3発売後わずか4年で135mmの位置で35mmフレームが出るようになった。最初からM2の構想がハッキリと決まっておれば最初から135mmの位置で作られたはずである。用意周到なライツだが、1954年堂々のM3登場の裏に、その前後のワイド化への対応の遅れが見え隠れする。少なくとも50年代後半まで、ライカは日本製のLマウントワイドレンズに遅れをとっていたようである。たった1回だけあったマウント改変の考察であった(もちろんL−M−Vの合目的的なマウント変更は別である)。

50mmフレームの出る前期型ズマロン35mmF3.5M。

ズマロン35mmF3.5-Mメガネ付。

MPに。最新のボディに古いレンズ、この汎用性が重要=単に取りつけられるのだけではなく、大きさや形状も何らの問題もない。一部のライカコピーレンズには機能的に問題のあるモノもある。

キヤノンセレナーの綺麗な個体を見つけた。この手のレンズは2本持っていてもいいだろう=やや不健全だが仕方がない。

2011.9.23 明日香で撮影…セレナーもLeicaM9で蘇った。この程度の大きさでは分からないが、オリジナル画像ではレンズの持つ性能を100%発揮してシャープさと軟らかさを合わせ持った好ましい描写となった。LeicaM9で新しいレンズは当然にチャンと写り、古いレンズが蘇る効果が嬉しい。
                                                         
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