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ライカビゾフレックスシステム
眼レフになれなかったライカM エルマー65mmとテリート20cmの評価も考える。

ビゾシステムの概要は、中川一夫氏の「ライカの歴史」写真工業社、「ライカ物語」朝日ソノラマに詳述してあるのでこれを参考とされたい。特に後者には説明が詳しく載っている。私が述べるのは、私が使ってみた感想とビゾフレックスの存在と消滅の意味についての論考である。私はビゾシステムのうち、最も普通のタイプのビゾIII-II-Iとビゾ専用のレンズ、エルマー65mmF3.5とテリート20cmF4.5、接写用のリング、ビゾとレンズをつなぐ各アダプター等持っている。現在上記二本のレンズとヘクトール及びエルマーの135mm、エルマリート135mm、エルマー・エルマリート・ズミクロン90mm、(ここまでは無限遠から撮影可)、接写専用としてその他の望遠系レンズが使える。近々エルマリ−ト90mm初期型のヘリアータイプ(トリプレットの二群目のレンズを張り合わせた三群四枚構成のタイプ)のバージョンの購入を考えている(たいへん特徴的な描写をし、実は一度買ったのだが、ヘリコイドの不良で手放した・・・2000年購入)。誰でもそう考えるだろうがレンジファィンダー機に不適当な撮影がある。主として接写と長い焦点距離のレンズを使用するときである(他にも一眼レフから移ってきたときにはボケやピントの合う範囲、ゴーストやフレアの出かたなどを確認できない不便もあったが、それらは私の写真にとっては小さな問題で、使用感の良さの方が勝っていたため結局は克服した)。この二つはどうしても必要なもので、簡単な近接撮影ではDRズミクロンも使用でき、結果もパララックス補正の不十分さを除いては意外なほど良いのだが、標本や文献、写真、絵図の接写・複写には最低でも100mmは必要で(ご存じのとおり短焦点のレンズでは形が歪む)最近はキャノンの100mmマクロとT−70の組み合わせで使っていたが、専用として使うほどの量がないため、どうしてもライカを一眼レフに変える必要が生まれた・・・理由を書くと原稿用紙100枚位になるのであえて今は触れないが、二年ほど前から趣味的、或いは必要な時に使うとき以外は35mmはライカ系のカメラで撮ることに決めたのである。

以前ビゾは大変陳腐なものに見えていたのだが、見かけより案外使いやすい事も分かった(便利とは云わない=不便と云う方が正しいだろう)。まず使い方を簡単に説明しよう。カメラ史的な資料については・・・「ライカ物語」朝日ソノラマ・中川一夫著 1997年 \14000・・・に詳しいので(ビゾに限らずこの本と、よく参考文献として出てくる氏の「ライカの歴史」写真工業出版社の二つが特に学術性が高く、「ライカ物語」は少々値段が高いが、本としての格式が質・量ともにより高く、しかも発刊が新しいためやや新しい資料も付加されている)ぜひともライカを知りたい人は読んで欲しい。本としては高いが、ライカのフード一つ分と考えれば安い物である。私の持っているビゾフレックス3は1963年に発売されたもので、1984年(この年すべてのビゾシステムは廃止された)まで作っていたものの初期型である。写真でも分かるとおり、ビゾ側のボタン(レバーの先端というべきか?)を押すとミラーが上がり、そののちレバーの下端がボディ側のシャッターボタンを押してシャッターが切れる。実に簡単な考え方である。ライカMならどれでも付くがM5はボディが高いのでシャッターボタンを押す取っ手の位置を上げ、その他のボディは基本的には同じだがシャッターのストロークの個体差があるため一台ずつ微調整が必要となる。このシャッターボタンとのインターフェイス以外は自動絞りでも開放測光でもないため、いたって簡単に取り付く。ただしレンズのようにレンズとボディの赤マークを合わせ、回転させて取り付けるという方法ではない。スビゴット式にMマウントの4本爪に合わせ、ビゾをはめ込みマウント締め付け用のレバーを上げて固定する。ペンタカバーは取り外せる。もう一つの、そして大切な可動部はミラーの動きの制御スィッチである。1.ミラーアップ 2.スローリターン 3.クィックリターン(と言っても正確にはクイックアップのスローダウンということであるが、それで必要充分条件である)の三つのポジションがあり、1は普通のミラーアップと同じ、2は使用上の必要性はほとんどない。その動き方はビゾ側のシャッターボタンを押すとミラーがゆっくり上がり、そのまま押し込むとシャッターが切れる。ボタンを放すとミラーが降りてくる。つまりミラーアップとレリーズが連動した作動を得ていることが特色である。使い方に慣れれば1が不要となるかも知れない。その意味では2も存在理由があるのだろう。3は先ほど述べたボディ側との連動の調整が簡単ではない。あまりシビアに調整すると完全にミラーが上がる前にシャッターが切れることもあり、やや甘い目に調整し、完全にミラーアップした後、確実にシャッターが切れるように「パタン−ブルン」とミラーのはね上げ音とシャッター音が少しタイムラグをもって聞こえる程度になるのが良いと思われる。ネジの微調整になるのだがセット後ロックがかかる訳ではないし、当然にボディによって調整が必要となるのでわざと「遊び」を作った方が望ましいと言うことである。普通のレリーズも取り付き、上記の作動はやや重いが同じようにできる。レンズは色々なレンズが様々のアダプターを介して取り付けられる。その仔細は上記の本や「ライカポケットブック 日本版」田中長徳訳 アルファベータ社刊などを参照の事。おおむね望遠系のレンズはレンズヘッドを外して取り付けると無限遠から接写までピントが合い(望遠でもレンズヘッドの外れない物はビゾ用のレンズを除き接写しかできない)、標準系は接写のみとなる。

次にファインダーの見え方だが全面マットでフレネルレンズ付きである。スクリーンの真ん中に視度調整用の1mm径の丸があるが気になる程ではない。見え方はこの時代の国産のファインダーと比べても遜色はない。ただし優れているという事でもない。私の持っていたその年代のカメラとしてミノルタSR−1Sより良くなく、ペンタSPよりは良いと言う程度である。普通の一眼レフより大きく、かつ動きのストロークも大きくなるので慣れがいるが、レンズを取り付けるとバランスは見た目程悪くない。三脚を使用する時はビゾに三脚用のネジが切ってあり、これに取り付けるため普通の一眼レフより良い位である。手持ちでも撮影は可能だが左手で支える時は凹凸があり持ちにくく、シャッターもだいぶ上から押さえるように切るため速写は不可能である。三脚での撮影は良好、手持ちはなんとか可能と言うのが結論である。私はヘクトール135(1958)、エルマー135(1960)、ズミクロン90(1977)、エルマリート90(1960)、エルマリート135(1968)、エルマー90(1958)−以上はレンズヘッドを外し取り付ける−ビゾ専用レンズとしてエルマー65(1964)、テリート200(1954)−が無限遠から撮影できるレンズとして持っている。使用目的としては接写用としてヘクトールとエルマー65、望遠での撮影用としてエルマー135、テリートとしている。

各々解説すると、エルマー65はビゾ専用と言うこともあるのだろう、絞りのプリセットリングもあり、使用感は良好である。使用手順はまず露出を計り(M5−6等のTTLカメラならミラーアップして測光も可)、レンズの絞りをセットし、プリセットリングで開放としてピントを合わせる。次にプリセットリングで所定の絞り値に合わせシャッターを切る。面倒だが確実である。ついでにこのレンズの描写を述べると、かなりの癖がある。近接時の描写は軟らかな中にもきめの細かさがあり、カラーバランスの良さとも相まって大変綺麗な絵となる。ただし絞ると線が太くなり独特の線の細さは失われる。つまり近接時、深度を期待して絞るような撮影には向かず、ボケ味を生かす、あるいは多少のボケは許せるような撮り方にしよう。開放値はF3.5だがずばり言うとF4 半-5.6半が適切である。この傾向は遠距離の撮影では更に顕著に現れる。トーンが柔らかく、つまりコントラストがかなり低く、遠距離の線の細いものがつぶれてしまうので、見た目に甘い画面になるのである。オートコードの解説の時も書いたが同じテッサータイプだからかどうか、大変似た描写になる。オートコードはF8-11、エルマー65はF5.6前後、これを守り、コントラストがあまり低い対象物は避け、と言ってあまり高いとハイライトが滲みまた甘くなる。フレアが出るので順光かフードで光を完全に切る・・・。色々とある制約を克服して使うと最大限の威力を発揮する。周辺は多少犠牲となるが軟らかなトーンと中央部の線の細い描写、色彩までも軟らかい。神経質だが良いレンズである。カナダ製とドイツ製があり、私のはカナダである。どちらがよいかと言う議論がマニアの間でよくあるが、結局は同じだろう。私は一切気にしないためライカレンズの1/3程度がカナダ製である。カナダライツについてのたいへん興味深い論説がある。アサヒカメラ1997/4別冊の「フォトベーゼ  M型ライカの研究」の中の水地信一郎著の「M型の継続に貢献したかげのライツ」である。一般に知られていないカナダライツの歴史と今を紹介した、洞察力と知性に満ちた良い論文である。ライツなきあとカナダライツは「エルカン」として離合集散を重ね、今も生きている。1997年時点でもライカレンズをエルマリート21、ノクチルックス50、ズミルックス75(原文では「ズマレックス」となっているが誤植である)、ズミクロン90、エルマリート135(以上M)、ズミクロン90、アポテリート180(以上R)、そしてレンズヘッドのみの製造のズミクロンM35を供給していた。どれも素晴らしいレンズである。組立のみならず設計までもたくさん行っており、以前のある時期はカナダが上回っていたことすらあったのである。今、新系列のレンズになってどうなっているのだろう。この本はバックナンバーも尽きたので古書となるが、ぜひとも(他の論説にも見るべきものがいくつかある)読んで見て欲しい。

次にテリート200F4.5を論述してみる。これは1935-60の間生産していたレンズで戦前のヘクトール73、タンバール90、その他の望遠系のレンズと同じ系統のデザインで、好みは分かれるだろうが格調高い仕上げであることは間違いがない。私の持っている物は戦後のコーティングタイプだがレンズ構成は戦前のものと変わらず半信半疑で購入した。この後のF4のタイプとどちらにするか悩んだが、F4.5の美品がなんと\35000で出たので決めた。まずビゾリング16466を介して取り付ける。このレンズの問題は撮影前からある。回転ヘリコイドなので絞りを先に決めてからピント操作しないといけないのだが、絞ると暗くなり深度が深くなるため実質的に不可能で、プリセットリングも付いていないためエルマー65のようにはできない。かといってピントを合わせてから絞りをセットしようとすると、絞りリングの固さとヘリコイドの固さがそう変わらず一緒に回ってしまう。しかも絞りにクリックストップがないためファインダーを覗いて勘で回す事もできない。つまり三脚使用が前提のレンズと言える。ただし私はフィールドで撮るので手持ちがある程度必要となり、可能かどうか実験してみた。露出はあらかじめ計っておき、まず手持ちでファインダーを右目で覗き、レンズを下から支えるように持ち、ヘリコイドを操作しピントを合わせる(このとき絞りは開放)。次に左目でカメラ越しに絞りリングを見つつ、慎重にヘリコイドリングを回らぬように押さえつつ親指と人差し指で絞りの設定をする。つまり右目を外さなくともかろうじて左目でレンズの絞りリングの絞り値と指標が見えるのである。そしてシャッターを押す。かなり難しく、大まかな性格の人には勧められない。速射性はないに等しい。やはり三脚の登場であろう。古い設計のレンズだがピントは恐ろしく良い。コントラストが高く力強い線が出て、決して今のレンズにひけをとらない。色が黄色いのが惜しいが、これはモノクロ時代のレンズであり止む終えない。このレンズはどうしても近づけない被写体に対し必要で、今後そうは使わないだろうが旅行には持っていくことになる。私のフィールドワークの経験から200mm以上は必要を感じず、かつ手持ちが難しいのである。野外でも動物やスポーツを撮るならもっと長いレンズが要るのだろうが私にはほぼ135mmまでで撮影可能で、むしろ28−50が多用する焦点距離と言えよう。

エルマーとヘクトールの135mmが手持ちの撮影では有効になるだろう。エルマー65用のヘリコイドリング(16464)にビゾリング16471を介して、レンズヘッドのみ取り付ける。プリセットリングはないが直進ヘリコイドで、かつ絞りにクリックが付いているのでずっと使いやすいのである。これなら充分手持ち撮影が可能である。135mmを距離計でピント合わせをし、小さなブライトフレームで見るのに不安を感じる人には良いだろう。丁寧なピント合わせも可能だし、絞りの効果も普通の一眼レフと同じく確認できる。一つ問題点があり、ビゾリングに余裕を持たせてあるのだろう(専用レンズでないためか)、ヘリコイドを無限遠方向に回して行くと無限遠を通り越してしまうことである。今はそんなことはないが昔のレンズはレンズヘッドとヘリコイド部とがワンセットで調整されており(手持ちのレンズのヘッドを外して見ると手書きでナンバーが彫り込んであり、対のヘリコイド側にも彫り込んであるのがわかるだろう。一度確認してみると良い)、おそらく個体差があるのだろう。無限遠にピントが行かない個体があると問題なのでそういうリングの設定になったのだろう。現在の望遠レンズでも熱による膨張でピントが狂うのを回避するため、同じような設定になっているのを良く見かける。別にビゾ専用のショートマウントヘクトール135もあるが、これはギリギリに無限遠を追い込んでいるため、逆に無限まで行かない困ったレンズも見かける=それにこの場合回転ヘリコイドになるため絞りの操作がしにくく薦められない。そしてもう一つビゾ3のマウントはMなのでMマウントのレンズは後部の突出しているものを除き(ミラーと干渉する)取り付けられる。90mm.135mmのノーマルのレンズでは接写専用としても使えることも記しておく。更に本来の撮影法とは違う便利な使い道を書くと、ビゾに普通のレンズを取り付け、フードやフィルターの取り付けによる画面のケラレの確認のテストに使える。厳密には正しくないが、純正のフードが手に入りにくい昔のレンズ(そのようなレンズほどフードが必要)に非純正の物を取り付けるときに不安を感じることは諸氏多くあるだろう。

話が横道にそれたが上記のように135mm(90mmでも)ではビゾの普通撮影も可能である。しかし話を混ぜ返すようになるが、これはやはり一般論としてナンセンスな回答になるだろう。精密なピント合わせや深度の確認が動機なら一眼レフに回帰するべきだろうし、わざわざ難しく撮影する必然性は全くないと言って良い。1984年にビゾシステムが消え、復活の可能性もないのは当然のことである。私自身まれな撮影(接写や望遠レンズでの精密撮影)以外では必要なく、それもたくさん接写・複写するときはキャノンT−70+100mmマクロを使うし、望遠撮影中心の撮影でもキャノンFDかコンタックスRTSの登場となる。私はほとんどの撮影をライカで撮っており、その中で少し接写や望遠撮影が挟まるときにビゾの出動となるのである。それに私のテストでは135mmの撮影でも距離計の精度に問題があったことはなく(アップでは撮らない。アップは「短焦点で踏み込め!」が原則)、小さなフレームでの構図にも違和感はない。ビゾに頼る必要はそれほどあるとは言えないのである。ここでも「目的と技術」は実践されねばならない。とは言ってもビゾでの撮影に一生懸命になるのは何故だろうか?フィールドでは使う気がしないが、デスクワークでは撮っていて楽しい事も事実である。接写・複写では普通の一眼レフでもそれなりに慎重でなければならず、当然に三脚を使用するため、事実上両者にたいした差はでない。そうなるとビゾの操作感「パタン−プルン」は間が抜けているようで、それでも情感−撮影そのものにも機材にも要ると思う−を感じる。そのような訳で量を撮るとき以外はエルマー65かヘクトール135の登場である。デジタル画像では解らないのが残念だが、キャノンFD100mmマクロと比べてもなんら遜色ないことが分かる。要するにフィールドでは勧められないが、接写以外でもじっくりと風景や建物、花などを撮るには悪くない・・・そんな魅力を持った道具だということを言いたいのである。

写真はM6にビゾフレックス3xエルマー65mmF3.5を付けたもの、他の2本は小さい方がヘクトール135mmF4.5のレンズヘッド(驚くほど小さい)で、大きい方がテリートmmF4.5である。銀色のビゾリングは長い方がエルマー・ヘクトール135mm用で短い方が更に接写するとき用の中間リングである。どれも仕上げは極めて良好である。

京阪奈学研都市にて。M6+ビゾ3+テリート200mmF4.5+PKR。実にシャープである。

DRズミクロンで撮った・・・エルマー65+ビゾ3、ヘクトール135、テリート200である。

*追補  ライカM7の登場によりビゾも少しは使い易くなった。ミラーアップのタイミングを少しだけ早めて、上がった後にAEロックがかかるように設定すると確実に露出はオートで決まる。シャッタータイミングは大きく遅れるが、元々ビゾは安全を考えて遅らせ気味に調整するので、そのようなモノしか撮れないことは変わらない。ただしビゾ1と3しかM7にはつかない。

ノボフレクサー240mmF4.5+ビゾ1(Lマウントではなく、最初からMマウントである)+ベローズ。これで無限遠から望遠接写まで使用可能だが、実用的には非常に不便である。

ズミクロン90mmF2+エルマリート135mmF2.8。いずれもビゾリング16462を介してビゾフレックス2または3に取りつく。

ベッサT(なんとか取りつく)+ビゾ2+テリート200mmF4.5と後継のF4。いずれもOUBIO(16466)と組み合わせて∞から使用できる。

エルマー90mmF4のレンズヘッドを外してビゾIIに取りつけた。ビゾIIはIIIよりコンパクトだが、取りつけに手間取る。まずプリズム部分を取り外し、シャッターレバーを跳ね上げてからボディに着ける。サイズ的にギリギリに作ってあるのでそうなるのである。そしてレバーを降ろして、プリズムを取りつける。おっとミラーを小さな銀レバーで下げないと写せない(ミラーアップではなく、ミラーダウン)。ハッセルやマミヤRBを使っている人は何とも思わずできるだろうが、普通のカメラから来た人は面くらうことだろう。撮影時は更に、ボディ側のシャッターチャージと絞りを開けてのピント合わせ、そののち適切な絞りとシャッター速度を設定し、ようやく写せる。ビゾリングは余裕をもって作ってあるため無限遠を通り越す。すなわちヘリコイドを無限遠側へカチンと当てても正しいピントは得られない。よく絞ったままピントを合わせる人がいるが、感心できないことだ。ピントの山は一ヶ所で、特に深度の浅い望遠レンズは正確に合わせたい(どこかに合焦することは確かだが、曖昧なピントになっている写真をよく見かける)。

上のよっつの画像はビゾフレックスシステムの新しいものである。つまり写真にないものもあるが、現在エルマー65/エルマリート90/ヘクトール135/エルマー135/テレエルマー135が16464等で、エルマー90が16467で、ズミクロン90とエルマリート135が16462で、テリート200の4.5が16466を介して使えることになっている(無限遠から=近接だけなら更に組み合わせは増える)。ビゾ本体も1/2/3とベローズも揃っていて、具体的にはこれからだが、ますます「ライカだけで」ほとんどの撮影ができるようになってきた(これは自慢にはならない)。

追補/1 2011.9.27

LeicaM9にビゾ3とelmar65mmを付けてテスト撮影。不格好だが「ちゃんと写る」ミラーアップしてからシャッターが切れるように緩めのセッティングで撮った…もちろんAEのためだ。下がLeicaM9の姿写真を撮ったリコーGX100である。絞りはF5.6、ピントはレンズ先端部に合わせている。リサイズした写真ではテイストが分からないが極めて綺麗な絵ができる(当たり前だがボディやレンズの埃まで写っている)。蛍光灯下でのAWBも完璧に近く、これも蘇ったレンズと言えるだろう。ビゾシステムもヘクトール135やエルマリート90などの名レンズが使えることになる…老後の楽しみ ?(o^。^o)?

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