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コダック レチナIII C  

散歩カメラの決定版

 今回は最近使ったカメラで少し感動した、レチナ3Cを取り上げてみる。
私は色々なカメラを扱い、仕事としつつも楽しんでいる。基本的にはある種の必然性でライカを中心に撮影しているのだが、長年の間に(買うばかりで売らないため)ライカ系ボディ13台、レンズ73本になってしまった。コレクターではないため(客観的に見ると充分コレクターと云えるが・・・)同じレンズは1本もなく、またプレミアムのついたものもない。実用性が低いため、古いものや特殊なものも少ない。したがってもう欲しいボディ・レンズが実際的になくなってしまったのである。そこで中判カメラやコンパクトな、しかし作りの良いRFレンズシャッター機に関心が移行した。まずは蓋のある、そしてレンズの飛び出してくる=沈胴型のスプリングカメラを見てみた。フォクトレンダー・ヴィテッサとドイツコダック・レチナVCである。私は35mmカメラは露出計が付いているべきだと思っているので、どちらもセレン露出計付きのモデルを探索した。それまでこの手のカメラには縁が無く、全くと言っていいほど知識がなかった。取りあえず持っている本の中から、「アサヒカメラ」1997/8の赤瀬川原平先生の『こんなカメラに触りたい−20』のヴィテッサの解説と、同じく赤瀬川先生の「中古カメラ あれも欲しいこれも欲しい」−筑摩書房−に採録されたレチナ2Cの項を読んで、いざ、行きつけの店に行ってみる。特にヴィテッサは解説でも先生独特の大袈裟な評価で、誌上で今にも音をたてて動き出しそうな雰囲気のカメラと思い、期待して触ってみる。先生の表現より更にびっくり!操作しようとすると普通には動かない。閉じた観音開きのレンズカバーがシャッターボタンを押すと金属音とともに開き、レンズシャッター機独特の複雑な、そして実験器具のような精密さを持ったレンズ周りの機構をぶら下げてレンズが飛び出してくる。予備知識があっても当惑は隠せない。更にボディに生えた煙突のようなプランジャーを押し下げてフィルムの巻き上げとシャッターチャージをする。壊れそうな派手な音を響かせつつ作動する。映画「ブラジル」に出てくるメッサーシュミットの三輪カーから主人公と共に登場するのにふさわしいようなカメラである。なぜこのような不思議な構造・操作系を採り入れたのか?必然性が感じられない。恐れをなしてヴィテッサはあきらめた・・・でもいつか再度挑戦するだろう。その時は珍妙・正確な解説ができるものと確信している・・・このカメラをみたあとレチナを手に取るとごく普通の、いや優雅なカメラに見えてきた。これとて今の常識からするとかなり個性的なカメラだと思うが・・・。店には何台かのレチナがあり、時代・形式に様々なものがあることが判った。結局は写真にあるVCのセレンメーター付、シュナイダークセノン50mmF2付の「小窓」タイプになった。一番コストと機能のバランスがとれているものであった。何度も書くがクラシックカメラの値段は全てとは云わないが、ほとんど希少性と外見で決まるので、性能や使い勝手は二の次の事が多い。このタイプは4−6万円といったところだろう。

さて解説である。大きさはH87XW125XD52(実測なので誤差はあるだろう)で小さい。しかしほぼ金属製のため重さはある。外装の材質や仕上げはすこぶる良好。ライカと比べてもなんら遜色はない。貼り革はきめが細かく少し柔らかみがある。そしてバックドアに「KODAK Retina Camera」、フロントレンズカバーに「Kodak」、右横に「Maid in Germany」の型押しが施してある。どれもお馴染みのロゴである。いわゆる軍艦部の各部品・・・左側の巻き戻しノブ=フィルムインジケーターを兼ねている。次にアクセサリーシュー、フィルムカウンター、メーターとその操作ダイアル・・・は梨地仕上げとポリッシュ仕上げをうまく使い分けてやや無骨なライカ系とことなり繊細な印象を持たせる。そして中央に「Retina VC」と、例の筆記体のロゴが美しい。ボディ底面には裏蓋開閉用の機構とフィルム巻き上げレバー、巻き戻し用のロック解除ボタンが並んでいる。下回りの部品はどういう理由か、おおむねアルミ系の材質である。全体として曲線を基調にした構成で、このカメラより更に古い時代のスプリングカメラの雰囲気を残した優雅な意匠と云えよう。しかしロゴや各ノブ、レバーその他のデザイン・仕上げを見ると、同じドイツ製ながら質実剛健なライカやフォクトレンダーと異なる、アメリカの当時のデザインの粋を感じ取れる。ライカが戦場のカメラとするなら、およそその正反対の極にあるカメラデザインで、強烈な独自性が認められる。今となっては良くできたモダンクラシックカメラのひとつに過ぎないかも知れないが、日本のあるいは世界の多くのメーカーがライカやコンタックスのデザイン・機能を追っていたことを思うと、その姿勢の違いにおおいに感心する。
さて撮影に移ろう。まずフィルムを入れる。ボディ下部のボタンを押して裏蓋を開けるのだが、これには誤作動を防止する意味でボタンをカバーするノブが付いている。三脚のネジの取り付け基部を兼ねている部品のノブを押すと、その間だけボタンが出る。ボタンを押すとポンとドアが開く。こう書くと簡単そうだが片手で小さなノブを押しつつ、もう片手でごく小さなボタンを押すのは慣れないと難しい。この時カメラを落とさないようにしよう。慣れると左手でカメラを支え、左手の人差し指でノブを引きつつ、親指でボタンを押せるようになる。フィルム室は現代のカメラとそうは変わらない。巻き戻しノブの芯を上げてパトローネをセットし、フィルム先端を巻き上げのスプールのスリットに差し込む。少し巻き上げてパーフォレーションとギアを噛み合わせる。蓋を閉める。ここまではいいが、ここからが「儀式」の始まりである。フロントドアを開けてレンズを繰り出さないとシャッターが落ちない。したがってフロントドアの右に付いているノッチを向かって手前に引くと、ロックが外れドアが開く。ドアの動きは固すぎもせず、適度な節度があり、動作感は良好。完全に開ききったところでカチンとまたロックがかかり、レンズ(とても精密で美しいメカを見せている)共々固定される。内部は蛇腹式なのだがアルミのカバーがかかっていて、前からは蛇腹は見えない。ここでとりあえず空シャッターを二枚切る。ただしまだ完了ではない。フィルムカウンターがマニュアルセットなので合わせなければならない。これもM2のような簡単な方法ではない。フィルムカウンター横のボタンを右手人差し指で押しながら、左手の親指でそのすぐ下にあるボタンを矢印(右)へスライドさせる。そうするとカウンターが少しずつ動き、フィルムの枚数(36枚撮りなら36)に合わせる。一回のボタン押しで2−3枚分ずつしか動かないのと、その動きも重いためかなり時間がかかる。これは慣れても両手でしか作業できない。カウンターは残数を示す。ここで気を付けねばならないことは、カウンターがゼロになるとまたロックがかかり、フィルムを巻き上げられなくなることで、いいかげんにセットするとフィルムが残っているのに巻き戻してしまう羽目となる。フィルムは1−2枚多く写せる長さがあるので、ゼロになっていたらフィルムカウンターをセットし直して残りを撮るということになる。ちなみに最近の自動巻き上げ、巻き戻しのカメラはDXで36枚撮りと認識すると自動的に1枚目に行き、36枚撮ると巻き戻してしまう。マニュアル式なら38枚撮れる。なぜこんなもったいないことをするのか疑問である。最後の1枚で傑作が撮れることもあるのである。キャノンT70は自動巻き上げだがフィルムのあるだけ巻き上げ、その巻き上げトルクを小さくとってあり、最後になると途中で止まり警告を発する。そして巻き戻しのボタンを押してモーターで巻き戻す。合理的である。さてレチナの話に戻ろう。巻き戻しノブにあるフィルムインジケーターを見ると、フィルムの種類として「コダクロームD、コダクロームF、エクタクロームD、エクタクロームF、パンX、プラスX、トライX」となっており自社製品以外は表示がないのは面白い。

さて撮影。ボディ下部の巻き上げレバー(小刻み巻き上げはできない)でフィルムを巻く。同時にシャッターセット、動きはスムーズで破綻はない。しかしカメラの構えを変えねばならず、ライカの位置に比べて操作しにくいと云える。露出を合わせる。これがまた「儀式」である。セレンメーターなのでバッテリーはいらないが動きは鈍い(不思議と値は正確である=完全に信頼はできないが示された値+−でOK)。ASA感度を合わせるのは後世のカメラと同様である。窓の中で針が動いている。それに追針式で黄色い針を合わせる。そうするとインジケーター上でEV2−18の間に指示がなされる。次にその値をカメラをひっくり返して、レンズ下側にある設定用の装置(何と云っていいのかピンのようなもの)でレンズの露出環のEV値に合わせる。ハッセルの以前のレンズと同じくピンを爪で起こして移動させるのだが作動部が小さく、動きもスムーズではないため時間がかかる。またカメラを持ち直して今度は露出環を上から眺めて、自分の必要とするシャッター速、または絞り値に合わせた選択をする。この動きは問題ない。どうも天候の安定した地域での撮影に向いている露出の制御方法である。日本ではどう考えてもEV値方式は都合が悪い。次にピントを合わせる。ファインダーの見えは「小窓」と云うこともあって慣れるまでは見にくいが、かなり黄色いことを除けばクリアで悪くはない。パララックスは自動補正ではなく、補正枠で推量する他はない。最短撮影距離は2.5ftを少し回ったところまでで、約75cmである。近接時はバララックスには気をつける必要がある。ブライトフレームはアルバダ式だが見えは良く、キャノンPより一段上である。距離計窓は珍しい菱形で、機能そのものは普通なので何のためにそのようしたのか解らない。撮影していてもなんらのメリットも感じられない・・・。距離計像はライカ程ではないが充分見やすく、これもキャノンPより一段上である。基線長の短さも50mmF2という範囲でなら問題を感じないが、やはり近接時は慎重にならざるを得ないだろう。技術者に聞くと時々距離計が合っていないモノもあるようなので購入時は要注意。ピントは実撮影では頼りないように(ライカMとの比較において)思うかも知れないが、撮影の結果をチェックするとすべてのコマで満足できる結果であった。つまり距離計の問題以外にもフィルムの平面性が優れていることの証左である。レンジファィンダー、蛇腹式、クラシックなカメラとピントの合わない可能性大のリスクの多いカメラなので不安がつきまとうのである。シャッターはややストロークが大きいが重くはない。レンズシャッター(シンクロコンパー B.1−500)らしく「チョン!」で終わり。縦位置での撮影ではフロントドアをフードの代わりとするためにカメラの右を上にもっていこう。これに限らずRF機はおおむね右を上にするのがファインダーを右目で覗く関係で合理的である。撮り終わるとレンズをたたむ。また「儀式」・・・レンズを無限遠に合わせ、レンズ基部の上下にあるロック解除ボタンを上下から挟むようにして押し、蓋を閉める。動き自体は節度がありしかもスムーズなのだがなにせどの「儀式」も小さなスペースで細かな作業であるため面倒である。短気な人には不向きかも知れない。このカメラは操作時に保持をしっかりとしなければならない。ラフに扱うと、きっと落としてしまうだろう。フィルムの巻き戻しは最近のMFカメラと同じようで底の巻き戻しのボタンを押し、巻き戻しノブを半分引き出し、時計回りに回す。軽くなったら終わり。撮影はファィンダーの小ささや、露出を合わせる、フィルムを巻くという行為でカメラの持ち替えが必要なため速写性があるとは云えず、ライカや日本製のカメラの合理性を強く認識できる。操作性以外の性能や定格の良さがあるのに惜しいと思うが、それがカメラというものだろう。良い部分と悪い部分とがあって使い手の目的や技術によって生かされたり殺されたりする。理想のカメラが1種類だけあって、誰もがいつもどこでもそれを使う・・・考えただけでおぞましい光景である。レチナは過去からあったスプリングカメラを徹底的に改良して存在を世に問うた意欲作である。ライカのまねではなく独自の道を歩んだ技術者の魂のカメラである。独自の世界を開き、そして滅んだ。私はこのカメラが大好きである。お散歩カメラの決定版として永く使いたい。

レンズについて
このカメラには色々なレンズが付いているが、私のはシュナイダー=クセノン50mmF2でおそらく4群6枚のガウスタイプである。コーティングはマゼンタとアンバー、パープルが面によって変えてある。レンズ交換はシャッターより前のエレメントをそっくり交換することにより、ワイド−テレにすることも可能である。コンバージョンレンズのようだが性能的にはどうなのだろう? 勿論外付けのファインダーは別途必要になる。クセノンの描写については以下のとおり。絞り開放では周辺が緩んでいるが、一段絞ると周辺までシャープとなる。更にF4〜F81/2(これ以上絞ると回折の影響で全体に画質が下がる)の間は深度が深まるだけで隅々までピントが来て、全く破綻がない。解像力、コントラストのバランスが良く、平坦性も良いのだろう。歪曲や像の流れもまったく見られない。フレアーは完全逆光時に出るが、癖のある出方ではなく(全体に白っぽくなる)、ゴーストはほとんど出ない。フードを付けていない事を考えるとこの時代としては良好な結果である。これほど良いとは予想していなかったため驚いている。同時代のズミクロン50mmよりおそらく良いだろう。ただし欠点もある。カラーバランスが悪く、ライカより更に黄色みが強いのである。ライカの黄色みは曇った日には濁りとなり、晴れた日の青みと帳消しになるような性質であるが、クセノンの黄色みは曇った日には補正フィルターをかけたようにニュートラルな色となり、晴れた日には赤が強くなる。消防車を撮ったらライカは朱色っぽく、レチナは彩度が高くなり真っ赤になった。ライカは緑がおとなしくなり私の感覚では美しいが、レチナでは彩度が上がるのと同時に明度が下がり、補色関係の赤との対照でややどぎつくなるが個性的である(以前テストしたジュピター35mmF2.8とたいへん良く似た色合いである)。使いこなせば問題はない。条件により(勿論フィルムの選択も大切である)絞りをコントロール・・・開けたり閉めたり・・・するとより面白い表現が可能となる。現代の透明で優等生のレンズではこうは行かない。こうなると望遠はともかくとしてワイドは欲しくなるのが人情であるが、このカメラは散歩カメラとしてこの標準セットで楽しむこととしよう。今まで趣味としてカメラ・レンズを集めてきたが、実際は習い性で仕事に使えることを前提の選択になってきた。またそれも仕方がないことと考えてきた。がしかし、レチナVC+クセノン50mmF2は初めて遊びで使えて、しかも「惚れ込んだ」カメラとなった。また今後の楽しみが増えた。

レチナ3C+クセノン50mm....京都・木津川河川敷にて消防訓練に参加したときのショット。ベルビアで撮ったためこのレンズの個性が強調された。実画面では極めてシャープ。


*
今回は赤瀬川原平氏のエッセイ以外、あえて文献にあたらずに書いた。理由は上記のとおりである。

*追補 1 その後トップの写真のように35mm.80mmを入手した。写真ではターレットファインダーが着いているが、純正の35−80mmの切り替えファインダーもある。レンズはローデンシュトックとシュナイダー製があるのだが、微妙にマウントが異なり共用はできない。仕方がないので2Cをローデンモデルにして同じスペックのレンズを3本揃えることとなった。ローデンのレンズはヘリゴン35mmF5.6−同F4、ヘリゴン50mmF2−同F2.8、ヘリゴン80mmF4があり、シュナイダーでは全く同デザイン・同寸のレンズがクセノン名で同じようにある。実は同じレンズを2ヶ所にOEMに出したのかと思ったが、実際にレンズを見るとレンズ構成が異なり、当然に写りも違う。レチナの交換レンズはできると言うだけで、実用性には欠ける。標準以外は蓋が閉まらないと言うだけではなく、距離計には半連動ということで、無限遠以外は非常に扱いに手間取る(この辺の詳しい事はいずれ紹介する=朝日ソノラマカメラレビュー「クラシックカメラ専科56」のp92−95に片山良平氏のレンズ交換に関する論文が載っている)。購入を考えている人のために簡単にレンズの特徴を書いておくと、標準はクセノンが相当シャープだが黄色っぽい。ローデンは少し甘いがニュートラルな色が出る。35mmはややローデンが上で、80mmはシュナイダーが少し良い。つまりは3本揃えたいなら互角と思われるが、標準のみなら黄色さを問題視しないならシュナイダーとなるだろう。そのうち余裕ができたらコダック・エクター47mmF2付きの2型を試してみたいと思っている。レチナ全体のことは、朝日ソノラマ「レチナブック」片山良平著に詳しくかかれている。

レチナIICとローデンストックモデル…とてもキレイで精密なカメラだ。コダックが倒産したのは残念…カメラ生産を放棄したのが誤算ではなかったのか?と思われる。

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