あまり評価の対象とならないライカの望遠レンズ2本 今回は、ライカには一般的に見て似つかわしくないと思われているMマウントの135mmレンズのうち、初期のモデルであるヘクトール135mmF4.5(1958年モデル−1954〜1960年 34722本製造)とエルマー135mmF4(1960年モデル−1960〜1965年 23676本製造)の2本を取り上げてみる。 外から見ると、ヘクトールの長さが127.7mmで径は53mm、重量は430gである。エルマーは長さが5mm短く、重さが30g軽くなっただけで、レンズヘッド以外はほとんど同寸である(フィルター径もE39)。外見上の違いはレンズヘッドの長さ以外では、1.ヘクトールは鏡胴本体部がクロームメッキの梨地仕上げで、レンズヘッドはフード取り付け部以外はシルバーメタリック塗装であるが、エルマーでは全体がクロームメッキの梨地仕上げである。2.梨地仕上げがヘクトールがやや細かく、エルマーはやや光沢が強い。3.ヘクトールの方がヘリコイドリングの幅が少し広く、ターレットの彫りも細かい。4.ヘリコイドの距離表示がヘクトールはmとfeetが別モデルとなる(文字は赤)のに対して、エルマーでは両方並記となっている(俗に言うダブルスケールで、mが黒、feetは赤で表示)。被写界深度の表示のデザインも異なる。5.レンズが長いのでレンズ下部に三脚用の取り付け台座があるが、ヘクトールは大ネジのみでエルマーは大ネジと小ネジが切ってある。必然的に台座はエルマーの方が大きい。6.最大近接距離は両方とも公称値は1.5mだが僅かにヘクトールが更に近くまで寄れるようである(1.4m程度。当然目盛りはないが)。ただしエルマーも1.5mより少し近くまで繰り出せる。7.絞りリングのデザインが異なり、ヘクトールはターレットが全周に切ってあり、エルマーは両サイドだけである。ここまで書くとずいぶん違いがあるようだが実際に見ると、ほとんど変わりがないことは明記しておく。 さて撮影である。まずビゾフレックスシステムとの関連性を述べよう。ライカとしては望遠レンズなので距離計でピント合わせするのには多少の不安があるため(私はあまり気にしないが、絞りを開けにくいことは事実である)きちんと撮るにはビゾの登場となる。90−135mm(それより長いレンズは当然である)のレンズの大部分はレンズヘッドが外れ、それぞれのアダプターを介してビゾに付け、一眼レフとして撮影できるようになっている。この2本はどちらも同じアダプターで取り付けられ、簡単に撮影が可能である。ビゾIIまたはIIIにヘリコイド「OTZFO/16464」を取り付け、レンズヘッドに「OTSRO/16472」を取り付けて、このふたつをねじ込み、完了。あとは距離目盛りは無いがピント板で確かめつつ写せる。当然絞りはマニュアル絞りで、ピントを合わせた後絞って撮影することとなる(詳しくは私の「カメラ談義12」を参照)。注意すべきは余裕を持ってアダプターが作られているので、無限遠よりピントが向こうへ行ってしまうことであり、無限側いっぱいにヘリコイドを回していきなり撮らないことである。あくまでピント板で合わせよう。慣れるとビゾ撮影も、なにやら儀式めいて楽しいものである。ただし敏速に撮影するときは、かなりの慣れが必要であるが距離計でのピント合わせで撮らねばならない。距離計連動式のカメラの宿命として有効基線長に限界があり、その限界点前後の135mmレンズである点、またフレームが相対的に小さくなり、フレーミングが曖昧になりやすい点、望遠独特のボケ味の確認が不可能な点が問題点としてある。広角〜標準と違い、深度を深くしたいために絞りたいという気持ちと、手ブレを恐れてシャッターを速く撮りたいという矛盾をかかえつつ撮影の選択をするため、歩留まりが悪くなる可能性があり、「よし!」という瞬間にシャッター値と絞り値を変えて何枚か撮る勇気と機敏さが要求される。場数を踏んで練習しよう。 最後にレンズの描写である。ヘクトールは戦前からのレンズであるため、なんとなく古くて性能が良くないと云う印象があるようだが、それは間違いである(写真工業出版社:「ライカのレンズ」島谷嘉明著『HEKTOR135mmF4.5』にも詳述)。確かにF8程度まで絞らないとピントは画面全体にピシッとは来にくいが、コントラストが低いために損をしているレンズでもある。条件が悪いと眠い描写になりやすいが、特性を計算した撮影をすれば軟らかく線の細い大変上品(主観的な表現をご容赦)な描写を期待できる。比較するとエルマーはややコントラストが高く(と云っても現在のレンズとは比較にならない軟らかさを持っているが)一見シャープ感があるが、細かく見るとヘクトールも変わらぬ解像力を持っていることが判る。ヘクトールを使うときはややコントラストの高い条件で(ただしあまり輝度差が極端だとハイライトが滲む−この時はアンダー気味で撮る)絞りをF8前後まで絞り、なるべく露出決定を厳格に撮る。コントラストの低い条件では、ややオーバー気味(誤解無きように・・・気持ちオーバーである)に露出をかける。シャドウ部の線が細く出る。色彩の再現はやや黄色みがあるが(独特のライカイエロー)その程度は低く問題はない。近接撮影では極めて良好な描写をする。エルマーはヘクトールを改良したものだけに更に良い。適当にコントラストがあり、色に濁りがでにくく、階調性も良好である。純粋な解像力だけならこの後の「テレエルマー135mmF4」の方が上だが、描写が硬くなり、使いにくくなるばかりでなく描写に重さがでて、エルマーの軽やかさにはかなわないだろう。エルマーはヘクトールより使いやすく、絞り値や光の条件に左右されない特性がある。絞り開放からOKと云うのは少しオーバーだが、一段絞ってF5.6から周辺までコントラスト・解像力共に満足できる状態になり、あとは深度が深まるだけである。オーバー気味に撮ってもハイライトが飛びにくく、軽い描写が期待でき、アンダー気味に撮ってもシャドウがつぶれにくく重厚な表現も可能である。私は軽い描写時の方がこのレンズに関しては良いと思うが・・・。 今回はライカMのクラシックなレンズを2本紹介した。今まで私はフィールドで135mmを使っている人を一度しか見たことがない。だいたいは28−50mmのレンズでスナップというのが通り相場である。がしかし、使ってみると悪くないことがよく認識できるであろう。テレタイプとは異質な(ワイドのレトロフォーカスと対称型レンズの違いと似ている)長焦点タイプの特性を自分の目で確かめて欲しい。人気がないせいか案外安価に手に入ることも事実である。 1998/5−越後・荒川にて。ライカM5+ヘクトール135mmF4.5+コダックEB−2 過去唯一会った、ヘクトール135mm(Lマウント)で撮っていた紳士。2000/4−室生大野寺にて。 ライカM6+ズミクロン35mmF2+フジベルビア50 *追補:ヘクトール135mmには直接ビゾに取り付けられるヘリコイド付のショートマウントモデルが存在するが、注意すべきは専用品と言うこともあり無限遠がピッタリで調整されている...しかし時として無限遠がずれているものもある。特に無限遠に届かないレンズはやっかいである。購入時はテストされたい。 ヘクトールと最新のアポテリートをフードを出した状態で比べてみる。テレタイプと長焦点タイプの差がよく分かる。これで見ると「それだけのこと」かも知れないが、実際に野外で使うと取り回しに大きな差が出る。 実際にM4ボディにエルマー135mmを取りつけた図。テレタイプなら200mmレンズの長さである。当然ミラーボックスのない分よけい長く見える。画質云々より実用としてRF用の望遠は90mmも含めてテレタイプ(しかも可能な限り長さを詰めて)がいいだろう。ライカしか使わない私にとって持ち運びの問題も含めて大事なことである。 この度3本のLeica純正135mmレンズをLeica M Typ262でテストした。もちろんフィルム時代には試したのだが、初めてのデジタルボディでの試みである。 *まずはヘクトール…レンズヘッドを取り外した…鏡胴の下は長い筒である。 Leica M Typ262によるテスト=デジタルカメラでは更に詳しいことが分かってくる=絞り開放では遠距離はまずまずだが、近距離の像はやや緩んでいる。しかしF5.6にするとずいぶん締まってくる。特に遠距離は良好となり、F8-11と絞ると先鋭度も上がっていく。古いタイプのレンズによくある「絞りの効く」レンズなのである。言い換えれば絞り開放からでは収差が取りきれないレンズということで、それはそれで味ともなる(画面中央では良いピントが来ているのだから…)。 *次はelmar 135mmF4....F5.6で撮影/等倍1/2切り出し、Hektorに比べると少しコントラストが高くなり、色味も自然となる(同時撮影のHektorは冷調)=解像力は大差ないがコントラストが高い分シャープ感があり、特に周辺部はHektorより良くなった。絞り開放F4でも大差ない。その代わり絞ってもあまり変わらない…F8以上ならHektorも負けていない。しかし全体としてはelmarはHektorより改良されていることは間違いない。これぐらいの焦点距離となると差はあまり目に見えては出ないのである(Hektorのロングランにもそういう意味がある)。 しかし遠距離の撮影(F4)ではHektorとハッキリ差がでた。絞り開放からちゃんと写るのである(先にも書いた私の使用方法なら重要なポイントになる)。HektorならF5.6の像と同じぐらいだ。絞ると更にシャープ感が出る。望遠レンズの場合は1960年代にほぼ完成していたとも思われる。 *さて最後は"Tele-elmar 135mmF4"である。これはそれまでの長焦点タイプから大きく改良されたレンズで外観を変えつつも1965-1998年まで生産された。もう変更の理由はなかったのだろう、1985年に一旦生産中止となったあと、1993年に今風の寸胴な鏡胴に同じエレメントを入れて再生産されて、あとをアポテリートに譲って本当の終焉となった。画像の改良は絞り開放からシッカリした像を結ぶことである。写真は絞りF5.6だが個性としてボケ味が重い=収差によるボケが無くなって純粋の深度外れボケになっているように感じられる。エルマーやヘクトールのフワっとしたボケ味も良いものだと思われる。F8以上に絞ると3本とも似たようなものだが、それでもテレエルマーがやや良い画質だった。 絞り開放F4、周辺部までちゃんとピントが来る…簡単なことのようだが1960年代では難しいことだったのである。今回Leica純正の135mm(この焦点距離の場合、社外品は難しい)を3本試したが、やはり私用にはテレエルマーがいいだろう。あとは軟らか感のあるエルマーも場合により捨てがたいという感想である。ヘクトールはさすがに1−2段絞らないと細かな部位の解像という点で劣後する。 フード(タイプ12575)はエルマーと同じ(90mmレンズの多くも共用)である。これは1966年製造の初期のデザインで、年式により細かな相違がある。それまでのエルマーやヘクトールより造りは頑丈になった。 参考までに、たった5年で製造を止めた寸胴でフード内蔵鏡胴のテレエルマー…程度の良い個体を市場で見つけるのは難しいだろう。当時(世は一眼レフ全盛期)はLeicaの135mmなど見向きもされなかったので個体数が少ないのである。見つけてもワイドや標準レンズほどに高価ではない。 nagy |
copyright nagy all rights reserved