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キエフ・ジュピター50mmF2
KIEV W ・ ЮПИТЕР−8M50mmF2

哀愁のロシアンカメラ

今回はちょっと毛色を変えて、ロシアンカメラの解説をしてみたい。
このカメラはキエフW(らしいが私には定かに分からない)にCマウントのジュピター8M−50mmF2の付いたもので、コンタックスコピーと云われているものである。ただし私には内部構造など判らないためニコンSのように外観やマウント部をコンタックスに、内部をライカに倣ったものか、フルコピーなのか不明である。私はコレクターではないためロシアンカメラには疎く、ライカマウントレンズを6本もっているだけだが、それらのレンズが値段の割に、いやそれを考慮しなくてもかなりの性能を有していることが今回のキエフ購入の動機である。大阪梅田の街を歩いていて、ある大手の中古カメラ店のショウケースをふと覗くと、おそらく大量に仕入れたのだろう、ロシア物のカメラがどれでも15000円と書いてあり、見たところ比較的きれいなものばかりだったので何台か見せてもらった。いくら疎くても値段ぐらいは知っている。これは安いと感じたのである。そしてシャッター・ヘリコイド・巻き上げ等色々動かしてみたり、チェックすべきところを観察したりして一番良さそうなものを購入した。と云うのもロシアのものに限らず外国製の大衆的なカメラは日本製と異なり、かなりの頻度で品質のばらつきや調整の不良があることがある。ライカやハッセルなどは特別なのである。比較的安価なカメラではお金や手間をかけて調整をすると相対的に値段が高くなり、売れにくくなるのである。当然ながら修理は不可能ではないが、新しく買う方が安くあがることは間違いがない。コレクター品と割り切るか、目利きの能力を上げるしかないと思う。どこをどう見たかも含めて解説を進めよう。
 まず外側を眺める。傷や凹みもなく新品同様である。ヘリコイドリング・絞りリングや巻き上げレバーなど操作上よく触れる部分を見てもメッキの剥がれやターレットに汚れはほぼ見られず、あまり使われていないことが分かる。掃除するときも細かなターレットまでは不可能なので、いくら外見がきれいでもここが汚いと相当使い込んだものか、悪い状況での使い方であったかと判断できる。ボディとレンズのナンバーを見る。両方とも76で始まっており、最初からペアであった可能性が高いことが分かる。ロシア=ソ連のカメラはシリアルナンバーの最初の2文字が年号を表すようなので分かりやすい(とは云っても全てがそのような規則に当てはまるとは云えないらしいが、ほぼ正しいだろう)。精度の問題で同時代の同じセットのものは距離計やフランジバックの調整はできていると考えられるが、まったく異なる年代・工場の生産品の場合は疑問がでるのである。話として聞いてもらうと、長く生産されているもっと高級なカメラでもこのような事はあるようである。規格としては合っていても細かな調整が必要なことがあり、例えば交換式のピント板やフィルムマガジンの中枠などが代表的である。両方とも部品としては簡単なものであるが僅かな狂いもピントの精度に重大な影響を与えることがある。私のよく取り引きする店など、測定機器や調整技術をもっていれば問題はないが、行きずりの店で買うときには慎重に確認したほうが良い。ライカ、ハッセル、ロシア物などはこの点確認が容易である。他のメーカーもシリアルナンバーと製造年の公開をすべきと思うがどうだろう・・・?
 ボディ全体はさすがに金属カメラである。重くてしっかりしている。仕上げは主として真鍮にクロームメッキとアルミ材のポリッシュ仕上げで悪くない。レンズや各操作部の文字も彫り込んだ上でペイントを入れており、細かな部分を除いてこの時代の世界のカメラの水準は完全にクリアしていると思う。確かにロシアンカメラには時々仕上げの質の低いものがあることは事実だが、これに限ってはそんなことはない。
 さてピントを合わせてみる。ファインダー接眼窓が小さく慣れないと見づらい。しかしこれもフルファインダーが50mmレンズの画面であることが理由であることにすぐ気が付く。バルナックライカもそうだったように視線を外して少しでも斜めから覗くと画面がケラレるので、自然に真っ直ぐ覗くように規制しているのである。ファインダーの見えは青く暗いが、すっきりとシャープにみえていて良好(ニコンS2とよく似ている)。ライカMほどではないが、国産コンパクトよりは良いだろう。ここの曇りを確認せねばならない。RF機の命はファインダーのクリアさである。曇りがあるものは諦めるか、店と(値引きではなく)クリーニングの交渉をしてみるのも必要だろう。技術のある店なら簡単なことである。さて距離計部分も想像より遙かに良い。暖色系に着色されており、コントラストも比較的高く二重像の合致は確認しやすい。またライカMほどハッキリとはしていないが、上下像合致式のピント合わせすら不完全ながらも可能である(少なくとも往時のキャノンやニコンのRF機より良好)。ただしピントの操作自体には問題点がある(他のレンズを持っていないのでジュピター8M−50mmF2のレンズ操作時についてのみ語る)。まず慣れの問題だがライカとは距離合わせのヘリコイドの回転方向が逆で、後のニコン−キャノンの違いと同じく、両方を使う場合とまどいを感じる。そして回転ヘリコイドなのでまず露出を合わせてからピント合わせをせねばならない。次にコンタックスやニコンSと同じくピント合わせはボディ側のピントダイアルでもレンズ側を直接回すことでも可能であり、一見便利に思われるがここにも問題がある。写真のとおり距離計の窓がボディの向かって左端にあり、ボディ側でピント合わせをしようとすると日本人の手で自然に構えてダイアルに人差し指をかけると、中指で窓が半分隠れてしまい測距不能となる。無理に距離計窓を外した持ち方での操作も可能ではあるが、とても自然な扱いとは云えず、指の長いヨーロッパ人用の設定と云えよう(たぶんそれでも難しいだろうが)。したがって一般のカメラと同様左手でレンズ側でのピント合わせとなる。この場合はスムーズで確実な操作が可能である。しかし無限遠でロックがかかり、これを解除するのにはボディ向かって右上のロック解除ピンを操作するか、ボディ側のピントダイアルに設置されている解除ピンで操作するしかない。どちらで操作するにせよライカのようにワンタッチとは行かない。この点はピントダイアルで合わせるなら簡単なのだが・・・。そもそも無限遠でのロックなどという大袈裟な工夫はなぜ必要だったのだろうか?ライカでも最大の疑問に思っている。無限遠で止まることは必要かも知れないが、ロックをかける必要がどこにあるのだろう。ひとつだけ云えることは、回転ヘリコイドの場合どこかで止まっていないと絞りの操作がしにくいことが指摘できるが、実際のストッパーは直進ヘリコイドレンズでも付いているので、これ以外にも何か必然性があるのだろうと仕方なく納得している。
 次に裏蓋を開けてみる。底の二つの開閉キーを回し、コンタックスやニコンS・ライツCLなどと同じく裏蓋全体を引き抜く。ここでテスト=シャッターをチャージし切ってみる。シャッターの動作のテストは(実写が一番だが普通はそうはいかない)シャッター幕面を見つつ行うようにしよう。スローは目と耳で分かる。高速側も慣れると案外わかるものであるが、ここまでとしよう。シャッター幕も見なければならない。金属膜なら折れたり曲がったりして、布幕ならピンホールや幕面の劣化による光線漏れの心配がある。ロシアものには結構これが多い(たとえばフェド4−5の布幕は劣化による漏光は深刻なほど多い)がニコンやキャノン・ライカでも古いものには想像しているより多いと思う。レンズを外し暗い店内で天井の光源に透かしてみると分かるが、相当に慣れと目の良さが要求されるだろう。キエフのシャッター幕は蛇腹式の縦走りの金属膜(プラスチックに見えなくもない)で作動は問題なかった。実写でも高速側は問題なかったがスローはすこぶる怪しい。私はとりあえず1/125が正確なので固定で使うこととした。
 外したレンズも光にかざして内部を見てみる。曇りや傷の確認である。ロシア物の場合、完璧は不可能であるが、多少の傷や埃は問題視しないことである。実際、気分の問題は別として写りには影響はないと見て良いだろう。ただしカビは問題外としても、曇りはフレアーやコントラストの低下の原因となり、購入を避けるか、レンズクリーニングしてもらうべきだろう。さてボディ内部の事であるが、フィルムの巻き取り軸がバルナックライカと同じく外れ、ちょうどパトローネの軸のようなものが付いている(ちなみにキエフはこの軸がないとフィルムが巻けず使用できないため、この部品がないものは買ってはならない)。普通のカメラ、或いはライカと同じようにフィルムを装填するのだが、精度に問題がありなかなかうまくいかない。巻き取り軸とボディ側の取り着きがガタガタで固定できないのとフィルムの差込もライカのようにピッタリではなく、まるで押さえが効かない。フィルムを差し込んでも巻き上げのギアに確実に噛み合わせて蓋を閉めるところまでが難しい。かなり苦労してフィルムをセットし裏蓋を閉じる。つくりはややいい加減で裏蓋とボディ本体の隙間からの漏光の心配があったが、とりあえず普通の携行なら問題ない。蓋の底に開閉キーと巻き戻し時のロック解除ボタンと三脚の穴があるが、前二者はシールされており危険性は少ないと思われる。しかし三脚穴は本体にネジが切ってあり、それにほぼピッタリの穴が蓋側に開いている構造である。これにはシールはなく、精度の低さで「ピッタリ」とはとても云えず、あとは光路が二回曲がることと狭いことに頼っていることになる。他の部分は精度に不安を感じつつ(押すとペコペコと音がしたり、僅かに動いたりする)も問題なくシールされている。
 さて撮影。いやその前に忘れてはならない「儀式」がある。フィルムカウンターが手動セットなので空シャッターを切った後「1」にセットする。この方式そのものは古いカメラの場合珍しくないのだが、このカメラの場合簡便な仕組みになっており、いつでも正逆どちらにでも動き、ロックもラチェットも効いていないため撮影途中で設定ギアに触れないようにせねばならない。
 フィルム巻き上げはレバーではなくノブ式である。シャッターボタン・シャッター速度ダイアルと同軸のノブを時計方向に回す。最初軽く(遊びがかなり大きい=何となくオモチャっぽい)途中から重くなる。バルナックライカなどよりかなり重いが、動き自体は節度があり不安はない。一回転でシャッターチャージと巻き上げの完了である。ピント合わせは前記のとおり。無限遠から0.9mまで3/4回転で慣れれば快適な操作感である。絞り環はライカマウントシリーズとは異なり、絞り値が等間隔のクリック付のもので、その材質・仕上げと共に遙かに高級感があり好感が持てる。シャッター速度のセットはチャージ後にフィルム巻き上げノブを持ち上げて回すことによって行う。日本のこの時代のASA感度の設定でシャッターダイアルの環を持ち上げて回してセットするのと同じである。しかしこの方式が時代遅れ(1976年当時)であるのと同時に扱いも困難さが付きまとう。シャッターチャージ時(すなわちフィルム巻き上げ後)しかできない、動きが固く節度もない。当然に迅速な操作は望めない。
 次に露出制御。ボディ上の「箱」のような部分の前面の蓋を開ける(蓋の蝶番のピンを押す)とセレンの受光部がある。蓋が上に開くため空からの光を切るのは合目的的である。このカメラのメーターはなんとか動いているが、一般論としては20−30年も経ったセレンメーターに期待しない方がよいだろう。しかしこのメーターの操作方法はよく分からない。露出計上部に窓があり針が動いている。定点式であることは間違いがないのだが合わせる方法が分からないのである。ボディ上面左側のフィルム巻き戻しノブと同軸になった二つのダイアルがあり、それを回すと針が動くので、これで合わせるのは分かる。ここからは推定の話である。内側のダイアルの半分は感度設定らしく8−500までの数字が並んでいる(ただし8.16.32.65.130.250.500と、一般的な系列の表示ではなく、最初はシャッター速度と思った)。まず指標にこの感度を合わせる。外側のダイアルにはB−1〜1250のシャッター速度の表示がある(これもこのカメラの最高速は1000なので1250は矛盾した値だ=あとは普通の倍数系列である)。これを回すとメーターの針が動き、定点位置に合わせる。その時のダイアルの位置を見ると内側のダイアルの半分に記載されている絞り値1.5−22と外側のシャッター速度の値の組み合わせが適正露出値となるようである。その値をシャッターダイアル、絞り環に各々移して撮影となる。実験でもおおむね正しい値を出した。蓋を閉める時は指で押す。使い勝手はあまり良いとは云えないが、なかなか格調高いデザインで、ないよりはあった方が良いと思う。
 セルフタイマーは当然ながら機械式でちゃんと動く。作動時間は短く、7−8秒であろう。
 次にレンズである。これは同時期のライカマウントレンズより材質・仕上げ共に良い。軽合金と真鍮のクロームメッキの光沢仕上げでターレット・数字の彫りもしっかりとしている。マウント自体はコンタックスマウント(ということになっているが精度的に保証はできない)でヘリコイドはボディ側に存在する。したがって距離目盛・深度表示はボディ側にある。レンズの脱着は繊細なロックピンを押さえながらレンズを右に回すと簡単に外れる。現在のバヨネット式のマウントと異なりカメラの外側にロックシステムがあり、雑な取扱は壊れる原因となる。しかしニコンS型も同じだがマウント部分の美しさ・精密感は昔のインダストリアルデザインの粋を感じ好感が持てる。
私が唯一持っているこのカメラ用のレンズである「ジュピター(ЮПИТЁР)−8M 50mmF2」について述べよう。先にも書いたとおり絞り環はF2−22の等間隔絞りでクリックストップ付である(中間でのクリックはない)。少し作動が固いのは残念である。回転ヘリコイドなので先に絞り値を決めてからピント合わせをするしかないだろう。本当は回転ヘリコイドの場合はクリックがないか、ごく弱いと(ピントヘリコイドの抵抗より弱く)扱い易いのである。絞りは9枚でごく普通の形をしている。レンズ構成は不明だが、戦前のコンタックスのツァイス・ゾナーのコピータイプと云われている。勿論このレンズは1976年製なのでコーティングはなされており、マゼンタとアンバー系で、どちらかと云うとアンバーが強い傾向である。

描写を見ると、絞りが開いた状態では中央部は良いとしても周辺が弛み、F5.6までは絞りたい。F5.6でもごく周辺の弛みは残るが問題とするほどではない。F8−11で最高の画質となり、それ以上絞っても画質の低下は比較的少ない。色再現はニュートラルであり、コントラストも充分かつ過度に高く過ぎることなく、当時の国産レンズと変わらぬ性能であると云える。中央部はF2.8からF11まで癖のない安定した描写で、浅絞り時の周辺部を多少犠牲にするなら、どの絞りでもかなり使えるレンズである。レンズ鏡胴の美しさと相まって愛すべきレンズの1本となるだろう。

撮り終わるとボディ底面の巻き戻しボタンを押し、上面の巻き戻しノブを引き出して巻き戻す。ノブの径が小さく回しにくいことを除くと、ごく普通の操作である。
 さて問題点をもうひとつ。フィルムのコマ間隔が広く(広いが間隔は安定している)、36枚撮りのフィルムで撮っても36枚撮る前に終わってしまうのである。個体差もあるらしく、36枚撮れるものから色々な枚数で終わるものまで様々あるようである。この点の詳細は不明だが私のものは32−3枚である。
 まとめるとキエフは総金属製の重厚なカメラで、外見と同じように取扱にも重厚感があり、軽快な使用は望めないだろう。しかしRF機の最も大切な部分である距離計・ファインダーは最上とは云えなくとも、必要かつ充分な性能を持つ。撮影結果に最も大きな影響を与えるレンズ性能に信頼感があり、すべての機構において決定的な破綻のない良好なカメラと考えている。勿論そのコストパフォーマンスは驚異的だが、安いだけが魅力のカメラではないことを最後に述べておく。

信楽の陶磁器の工場にて。石に対する信仰と狸の焼き物が敷地内に並んで立っている。

別の角度から。コーティングはかなり近代的に見える。どういうものかソビエトレンズはLマウントものも含めて曇りにくいように思う。私の思いこみかも知れないが、安価なため貴重品として扱われにくいにもかかわらず、カビが生えたり曇ったものを見たことがない(外観はかなり汚いものも多い)。カメラ店でもメーカーによって「曇り易い・・・」と聞くことがあるようにコーティングやガラスの性質により異なることが(昔のことはともかくとして)今でもあるのだろうか?

小説や歴史を通じてだろうか、私は社会主義者ではないが、なぜかロシアそのものに郷愁を感じる。私の友人がモスクワに二年間滞在していたが、その話を聞いてもソビエト崩壊後のロシアとその文化の退廃には心をいためている。ロシアのカメラがこのような安い値段で取り引きされていたり、最近のモデルの方が品質が悪くなっていたり・・・。私のロシアンレンズ・カメラは大切に使いたいと思っている。

*友人のマニアックな時計と交換した=使わないので「使う人」のところへ行くのが良かったと思っている。

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