home top
ズマリット5cmF1.5

麗人のズマリット

今回は有名な割に使っている人をあまり見ない「ズマリット50mm」を取り上げてみよう。
 私の持っているものはLマウントの「5cm」表記のモデル(たぶん全てcm表記だろう)である。ズマリットはそれまでのシュナイダー製のクセノン50mmのあとを継いで1949−1960年まで作られ、その次のズミルックス50mmに引き継いだ、ライカのハイスピード標準レンズである。L−39181本、M−25689本製造され、幾つかのバリエーションが存在するが、その詳細は各種ライカ本を参照されたい。私の解説では実際に使っているもの(1953年製)のみを採用する。
 このレンズは他の幾つかのレンズと同じように、数奇な運命を辿って私の元にやって来た。仕事上でお世話をした、あるご婦人から父上の遺品として残されたVFにくっついていた物で、ドイツかどうか分からないが外国で購入してきたものであるらしい。元箱と説明書、保証書まで残っていた。彼女は全くカメラを扱わないため、父上の没後20年あまり物置に保管してあったものを、使って下さるならカメラもマニアだった父上も本望であると云うことで私の所へ来た次第である。ボディ・レンズ共にあまり使われていなくて程度はたいへん良かったのだが、なにせ保管が悪く、ボディはシャッターが落ちず、レンズもヘリコイドの油が切れて動きが固く、ガラスの曇りも激しかった。しかし私に託してくれた人の気持ちやレンズそのものの持つ運命のことを考えて再生して使うことに決めた。事情を技術者K氏に話して給油と(レンズをばらさないと給油ができない)レンズのクリーニングをして貰った。ちなみに私はこれ以前にも何度か店頭でズマリットを見ているのだが、必ずと云っていいがレンズに曇りがあった。そしてソフトコーティングのため少しでも磨くとコーティングに傷や剥がれが生ずる。つまり曇りやすく再生も難しいレンズで、綺麗な物はほとんどないと云って良かろう。このレンズを選ぶときに一番注意せねばならないのは、この点である。綺麗すぎる物も注意である。研磨してコーティングを取った物や、それに再コーティングしたものが含まれる可能性が高いのである。再研磨・再コーティング自体は絶対だめだとは云えないが、プロの仕事ではなく見かけだけ整えたものもあるため、リスクを背負うこととなる。従って綺麗ではないが「ましな」ものを選ぶと良いだろう。多少の傷は写りには問題がない。
 私のレンズは極めて丁寧に仕事をしてくれ、ほとんど綺麗に曇りが取れ、一面のコーティングに少しだけの傷があるというズマリットとしては良好なコンディションとなった。曇った状態とクリーニング後の比較テストでは大幅な描写の改善があったことは云うまでもない。技術を持つ人に感謝しよう。
 ヘリコイドは二度の(油脂の性質を変えた)グリスアップで蘇った。同時代のズミクロンよりは少し劣るものの良好な操作感である。他の本にも書いてあったがインフィニティストッパーのロックは硬く、「ゴトン」という感じで入る。しかし、何度も語るようだがこの頃のインフィニティストッパーの構造には疑問を感じる。ストッパーに入る直前は50feet(私のレンズはfeet表示――ズマリットはfeetかmの表示しかなく、いわゆるダブルスケールモデルはない)であり、ストッパーの山を越えて無限遠に入ることとなる。つまり50feet〜∞までの間に止めて撮ることが難しいのである。勿論、被写界深度から大きく外れる。そしてロックが強いため外してヘリコイドを繰り出すことも迅速にできない。ピントを合わせるのには便利なピントレバーであるが、ロックシステムには合理性を感じられない。また不思議なのは国産の多くのレンズもライカを見習ったことであり、ライカも含め長い期間維持されたことである。話を進めよう。レンズは長さ43.6mm、最大径47.8mm、質量304gの真鍮にクロームメッキの梨地仕上げである。かなり重い。デザインはそれまでのクセノンにそっくりのクラシックな意匠で、次のズミルックスに比べて大きさ重さ共に、ひとまわりコンパクトである。程度が良いこともあるが全体の印象として綺麗なレンズである。マウント部から順に眺めると、まず被写界深度の表示がある。レンズ全体に云えることだが表示の彫りは深く、かつ角が丸めてあり品位が高く感じられる。次にヘリコイド環がある。これには下から距離目盛(feet)があり、∞の横に feet Germany と彫ってある。その上に二列にターレットを刻んである。当然にこの環の下側にピントレバーが付いている。そして次は絞り環である。仕上げはこれのみクロームメッキに目の細かいヘアライン仕上げである。やはりターレットが刻んであり、これを回すと三角の指標が動き、鏡胴に彫ってある絞り値に合わせるようになっている。より新しいタイプにはこの逆の設定、つまり絞り環に絞り値が表示してあり、鏡胴の指標に合わせるという現代のレンズに共通のスタイルのものもある。慣れの問題とは云え、常に絞り値が真上を向く現代の方式の方が合理的ではある。絞り値はカメラを構えた位置から見て右にF1.5があり、この時代のレンズに共通の、絞るに従って絞りの間隔が狭くなる設定である。なお各絞り値にはクリックがかかる。タッチはこの時代のズミクロン50mm程ではないが悪くはない。ズミクロンは「ネチンネチン」でありズマリットは「カタンカタン」である。レンズ先端近くにフード取り付け用の環がある。私は持っていないが専用のフード(XOONS/12520=資料によるとバヨネット式とカブセのネジ止め式とがあったようであるが、実物は店頭で見ただけなので詳細は不明)は角形の大きな物で大迫力である。フィルターはE41、資料によるとバョネット式のフィルターもあったようだが、これも不明である。レンズ前面は黒地に白文字で「Erunst Leitz GmbH Wetzlar ・・・」と書いてあり、現代のライカレンズのタイプライター文字より美しいと思う。絞り羽根は15枚でほとんど円形になる。レンズコーティングは薄い色のマゼンタ・パープル系で少しアンバー系の面があるようである。レンズ構成は5群7枚の変形ガウスタイプ(ガウスタイプの最後群に薄い凸レンズを付加)で構成図を見る限り、クセノンやノクチルックスと良く似ている。このタイプは現代の明るい一眼レフの標準レンズに採用されたものである。戦前設計のクセノン=シュナイダーに敬意を表そうではないか。
 次にレンズ描写について。癖があり判断はなかなか難しい。絞りを開けると(F4まで)中心部を除き、フワーッとした軟らかい描写で、フィルムをよく観察すると内面反射によるフレアと収差による像の崩れが見える。せっかくの大口径だがF1.5−4は使い方が難しい。条件を整える必要がある。作品用に意図的な撮り方をするときは別として、逆光時やコントラストが低すぎたり、反対に輝度差がありすぎると結果は良くない。一般にライカのレンズはフレアは出るもののゴーストは出にくい傾向があるが、このレンズは太陽光がレンズ面に当たるとかなりのゴーストが出る。形も絞り羽根の形とは限らず、扇形や月形の不規則なものが出ることがある。フードは必携である。しかし純正は入手困難(多額の出費を覚悟するなら可能)なのと、41mmという中途半端なフィルターネジ径のため汎用品も難しい。最近NNCその他から41mm径のフードが出ているので試してみると良い。私も使用している。
 話を戻そう。絞りをF4より絞ると豹変する。絞るにしたがい、描写は硬くなり解像力も大幅に高くなる。勿論中心部だけでなく、周辺部までピントが来るようになる。F8まで絞るとズミクロンに匹敵するシャープさである(つまり現代にも通用する)。フレアー・ゴーストは相変わらずだが、完全逆光さえ避ければ問題は少ないだろう。ズミクロンとの棲み分けができないので(絞りを開けたときの軟らかさ=鈍さとも云える=以外ではズミクロンに似た描写だがかなわない。F2−5.6ではズミクロンが良く、それ以上では変わらない)位置づけが難しいのだが、いわゆる「ボケ味」は良いだろう。色もやや黄色みがあるがその程度は許容内と云える。
私においてもこのレンズの取扱について考えが定まっていない。私はズミルックスを持っていないが、コシナ=フォクトレンダーのノクトン50mmF1.5を持っており、開放〜F4までは圧倒的にこちらが良く、F4〜はズミクロン現行品が良い。旧ズミクロンの軟らかさや線の細さも捨てがたく、エルマー50mmF2.8の線の太い力強さも納得できる。ヘキサノンKM50mmF2の繊細さも良い・・・。要するに標準レンズはどれをとっても魅力のある良いレンズなのである。ズマリットも一世を風靡した名レンズ(VFにエルマーではなくズマリットを金持ちは付けた=ブレッソンもM3にズミルックスで仕事をしている。勿論フードは汎用品の小型のものである)であり、名声を博したエルマー50mmF3.5よりも後世のレンズに影響を与えたレンズとも言えよう。やや使い方に慣れと注意が必要であるが、その旧さと位置づけの曖昧さ、レンズ面の汚さがあいまって案外安い値段で手にはいる。エルマーと同じような値段であり(6−8万円程度、ズミクロンなら10万円前後)、実用性を考えると持っていて良いと思う。
 私のM2に付ける古いタイプのライカレンズのセットを考えたとき(当然、所有品の中で)、35mmはズマロンF3.5、90mmはエルマーF4に決まりだが、50mmは少し考えてしまう。同じ年代のDRズミクロンはシャープ過ぎるし、旧エルマーF2.8かズマリットということになるのだが悩む・・・。デザイン・仕様から見るとエルマーだが描写の癖からするとズマリットとなる。いっそ見た目ならM2にはエルマー、M5にはズマリットとなるだろうが、写真の通りM2にズマリットを付けてもなかなか絵になる。使い勝手は直進ヘリコイドのズマリットが上回るので、ここはズマリットにしよう!

M5+ズマリット5cmF1.5+ズマロン35mmF3.5M3+エルマー90mmF4

同時代のズマリット(1953)とDRズミクロン(1957)どちらも美しい。麗人のズマリットの面目躍如である。

F8で撮影。M2+ズマリット5cmF1.5+PKR ・ 歪曲はないが、若干の周辺光量の落ちは認められる。

M3に。素晴らしいライカシステムだ。

nagy

home top

copyright 1999-2013 nagy all rights reserved
inserted by FC2 system