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カメラに着いているのがF3.5、その右がF2.8、沈胴タイプは参考のインダスター5cmF3.5(「カメラ談義14」収録)。
インダスター50mmL F2.8−F3.5

ロシアンレンズの第2弾

今回はとても安価で実力も充分のインダスター50mmLのF2.8(1992)とF3.5リジッド(1973)を取り上げよう。どちらのレンズも大阪の中古屋さんをぶらぶらと見て歩くうちに見つけたものである。私は決まった店でメンテナンスや情報も含めて世話になっているのだが、一方で何軒かのカメラ店を見て歩くのも楽しみとしている。そして時々変わったものや安価なものを見つけて購入するのである。それにしても無限に近いカメラやレンズが時をたがえ、国をたがえて存在するものである。コレクターは何かに絞って集めないと大変なことになるのではないかと心配する。まるで世界中のレンズが日本に集まっているのではないかとすら感じる。実際、店の人に聞いても(ライカ系は特に)海外から入る方が国内調達より遙かに多いと云う。そのような中でソ連=ロシア製のカメラ・レンズは特異な位置を占めている。旧東側世界は別の経済圏をかたちづくり、カメラもその世界で独自の発展をしたのである。下敷きになったのは衆知のとおり、戦後のドイツ分割で東ドイツ側にあったカールツァイスの技術である。統制された政策下で緩やかに進化してきたのである。西側世界から見ると「時代遅れ」の感は否めない。しかし一般に信じられているほど信頼性の薄いものばかりではない。「カメラ談義6」でも述べたとおり、充分ライカや国産レンズに匹敵する性能を持ち、かつ抜群のコストパフォーマンスを持つものも少なくないのである。ただ単に「安い・珍しい」と云うだけではない、ロシアンカメラ・レンズのコレクター群を形成するほどに、ある種の世界を形作っているのである。

さて本題に入ろう。今回はロシアンカメラの歴史などに詳しい訳ではないので、現物主義で書きたい。なにせどちらのレンズも年代でバリエーションが相当あり、マウントもL.C.M42と多くあってボディとの相互関係も複雑なので、さっぱり分からず無責任なことは云えない。歴史等に関心のある人は各々の本をぜひ参照されたい(私も今後資料を渉猟しようと思う)。
まず外観を見よう。どちらも標準レンズとしては小振りで(沈胴タイプは別)、例えばCL等に装着するにはバランスがとれる。CLには50mmのフレームがあるのだが、普通のMレンズだとどれも大きすぎ、バランスが悪いのである。案外バルナックライカでもいいかも知れない。特にF3.5はデザインも整っておりCL用として合うだろう。どちらもブラッククローム仕上げだが、2.8は光沢がありペイント風である。どちらかというと3.5の方が綺麗な仕上げに思われる。あちこちの店頭で見るとどちらのタイプも黒とシルバー(これはどうやらメッキではなくアルミの地肌に防錆処理がなされているようだ)があり、長く作られたため程度にも細かな仕上げにも多くの異同が存在する。値段が安く、数も相当数出回っているため吟味しつつ買うこともできるし、幾つか買って比べてみることも可能である。このあたりもロシアものの楽しみと云えるが、ひとつだけ気を付けねばならないことは、無限遠があっていないもの、距離や絞り値の表示が実際と違うもの、操作感の悪いもの等、調整のできていないものも多く存在するので、信頼関係のあるお店で購入すべきであろう。今回の報告も「私の」インダスターの評価と考えて欲しい。私も別のバージョンの同じタイプのレンズを将来購入して比べてみたいと思っているが、たぶん各々ずいぶんと違うだろう・・・。

例によってレンズ下部(ボディ側)から細かく見ていくと、2.8はマウント面すぐからヘリコイドリングになっており(基部のアルミ部も回る)、実際にボディに取り付けるとボディに近すぎて操作しにくい。操作感は全体には軽いが、∞から1m(他のロシアンレンズと同じくm表示のみ=色は肌色に近いオレンジ色でちゃんと彫ってある)の回転角180度強の間で回転トルクに微妙な変動がある。操作に支障が出るほどではないが気分は良くない。このレンズの高性能さに比して私自身の使用頻度が低いのも、以上ふたつのヘリコイドの使用感の悪さが原因である。レンズ全体がアルミ系でできており、距離計とのカムもアルミ製で不安があるが、専門家に聞くと普通の使用ではすり減るほどに使うことはないだろうとの事である。ヘリコイドリングの先はアルミのポリッシュ仕上げになっており趣味が良いとは云えない。このような加工をすると無意味なコストがかかり良くないと思うのだが・・・ソ連の外貨獲得にも貢献したロシアンカメラなのである・・・ひょっとするとこのデザインをした人は光らせると豪華に見えると思ったのだろうか?デザインの概念に「地間充填」と言う言葉がある。人はモノを造るときにノッペリとした平面や真っ黒、何も描かない面などを忌避する傾向があり、地間を何かで埋めたくなるのである。これは自然なことである。これの典型がアールデコや唐草模様などで、プリミティブな道具や織物にも技術さえあれば大昔から幾何学模様や具象の模様を描き続けてきたのである。シンプルな機能美や合理的な工業デザインの導入は今世紀に入ってからである。主にドイツ=ブラウエライターやブリュッケなどの表現派やその後の「バウハウス」=や北欧の建築・グラフィック・家具(勿論カメラも!)などのデザインにそれが見られる。

話は大きく逸れたが、2.8のレンズにはそのような「せずにはおれない装飾」が施されているのである。ライカファンには悪いがM3のファインダーの額縁も全く同じ理由である。勿論、好き嫌いは自由であると急いで付け加えておこう。
ヘリコイドそのものは直進ヘリコイドで合理的である。距離環の上は被写界深度が黄色で表示されており、これも彫り込んである。ただし彫りの精度は「カメラ談義6」のジュピターより悪く、彫りにむらがあったり、塗料がはみだしていたりである。概してロシアンカメラ・レンズは時代が新しいほど仕上げが悪くなる傾向がある・・・もっとも西側世界でも性能はともかくとして同じようなことが云えるが・・・。このリングにも銀色の縁取りである。次に絞り環があり、細いターレットが刻んである。F2.8−16までの不当間隔絞りでクリックストップ付(ただし中間ストップはない)で、タッチは少し固いが取扱に支障があるという程ではない。絞り値も彫ってあり、これは白の塗料で埋めてある。鏡胴全体は詳細に見ると鍛造ではなくアルミの削りだしであることが分かる。
レンズ前面も黒で「И−61П/Д」「2.8/53」とロシア文字のロゴ(筆記体なので良く分からないが、たぶんフェドだろう)とレンズナンバーが彫り込んである。商品名はインダスター61で53mmのレンズだと分かる。西側では伝統的に焦点距離に端数があっても切り捨てて表記する事が多いが(例外はペンタ43mmなどがあるが、ライカをはじめ多くのメーカーが51−52mmを50mmと表記する)、さすがに社会主義国である、堅苦しくて好感がもてる。フィルター径は40.5mmとツァイスの伝統を守っている。不思議だがロシアンレンズ以外にも国産のレンズ=ロッコールMやG、リコーGR21.28その他でも40.5mmを使用している・・・39mmでも43mmでも良いのにである・・・なんとなくツァイスの影を見るような気がする。80歳のドイツ文学者の義父に聞くと「ボディはライカ、レンズはツァイス」といまだに云う。さてレンズは3群4枚のテッサータイプで2群目と3群目の間に6枚の絞りがある。典型的なテッサータイプと云えよう。コーティングはさすがに新しいレンズらしく色とりどりで、どちらかというとアンバーとマゼンタが勝っている。
さてF3.5に移ろう。これは同じインダスターと云っても、かなり異なる仕様である。「カメラ談義14」に登場するインダスター50cm(沈胴のエルマーコピーレンズ)のリジット版と云ってよいだろう。この鏡胴もアルミ系でできており軽い。レンズ基部はターレットが刻んであるが、これは単にレンズ脱着用の滑り止めである。仕上げは2.8より一段良い。その上のターレットは単なる飾りであり、特に機能はない・・・あるとすれば、やはりレンズの脱着の指がかりである。ただしこのターレットは2.8の装飾とは異なり、ないと間が抜ける性質の必然性を持ったものである。そしてその上に被写界深度が白で(ピント位置のみ赤)表示され、ここでも2.8と比べて一段上の彫り込みとペイントの処理が見られる。文字は少し小さめだが仕上げ自体はこの時代のライカ製品と変わらない良好さである。この深度表示のレンズの裏側にレンズナンバーが同じ仕上げで彫ってある。レンズ長全体の2/3に当たるここまでは一体成形で固定されているのである。ダミーリングのデザイン的必然性が分かるであろう。その上のリングが距離環である。∞〜1mまでの表示が緑色で表され、その必然性は分からないが見にくいと云うほどではない。2.8でもそうだが文字の色使いが国産のモノとはだいぶ違っているようである。私個人としてはミノルタGロッコール28mmF3.5Lの表示が最も好みである。いずれこのページでも解説するが一度見てみられたし。
距離環は回転ヘリコイド方式でタッチは良好である。このリングの上面に絞り値が白で表示されており、その上のかなり小径の絞り環の白点を絞り値に合わせる方法で絞り値を設定する。絞り値はF3.5−16まででクリックストップはない。いつも書くように回転ヘリコイドの場合はクリックストップがないか、ごく軽いかが使いやすいため操作性は良好である。ただし動きが軽いのでTTLやAE撮影は問題ないとしても、全くのマニュアル設定の時は不用意に動いてしまわないように気を付けることである。そして(これはエルマーなども同じだが)絞り値がレンズ前面にあるため、普通にカメラを保持していると値が見えないと云う欠点もある。
レンズ前面は絞り環と共に回るがレンズ本体は止まっており、ヘリコイドを回すと全体が動く・・・面白い動き方である。前面にはインダスター50とロシア文字で表記されており、あとは例のプリズムマークのロゴと3.5/50の表示がある。フィルター径は不明だが34.5mm(34mmより少し大きい)かと思う。絞り環の外径はA36になっており、必要ならエルマー用のカブセ式のフィルター・フードが取り付けられる。国産で安い物があり(ケンコー・ハンザなど)入手は簡単である。レンズは絞り羽根が7枚である以外はほぼ2.8と同じ典型的なテッサータイプである。ただしコーティングは「カメラ談義14」の古い(1952)インダスターと同じく薄いコーティングで(最終面のみ濃いパープル)レンズ間の反射には対応不足が予想される。つまり逆光時のゴーストやフレアの心配である。鏡胴内の内面反射対策はジュピター系統よりは2.8も含めて良いと感じるが・・・。

さて写りはどうだろう。これが意外と言おうか評判どおりと言おうか、どちらのレンズもこの時代の標準的なレンズと同等の描写をするのである。2.8は現行品のエルマー50mmF2.8と比べてもまったく遜色無く、発色がやや暖色系で派手気味(キョウセラ・ツァイスと同じ傾向・・・フィルムの選択で調整可能の範囲である)だが実用性はある。開放は無理があるがF4か4.5まで絞るとピントが来る。F8まで行くと恐いぐらい(どちらのレンズも5000円で買ったモノで、安くて良いレンズは有り難い反面、なんとなく罪の意識が出てくるのである)エッジが立つ。同じテッサータイプのライカエルマーのクールな描写とは似ているようで異なる力強さを感じる。間違いなく云えることはエルマーより平坦性がよく(フラットフィールド=ツァイスの考え方)浅絞り時ではむしろインダスターの方が周辺までピントが来るようだ。ライカは相変わらず中央部のシャープさが優先されている。つまりは国産各社と同じく中央でほどほどで周辺でも大きく崩れず、浅絞りでも深絞りでも破綻の少ない=ツァイスの理念に忠実なのだろう。ツァイスコピーから始まったので当然という声も聞こえて来そうだが、技術者の世代は戦後から2回は交代している。意図されたレンズ設計の思想であろう。私は個人的にはライカの絞りや光線状態、距離などで変化する性質が好みであるが・・・ともあれインダスターF2.8は操作性の悪ささえ無ければ誰にでも勧められる良好なレンズである。ただし先にも書いたように個体差があり、中には距離計と連動していないものまであるので何本かの1本と考えておくほうが無難であろう。
対してF3.5は2.8よりややコントラストが低くシャープ感は落ち(実解像力は同じようなものだろう)、色彩の派手さは少なく、ややおとなしい印象である。ただしテスト写真にもあるとおり同時代のライカと比べると派手で、特に緑色の彩度が高くなる。絞りは5.6までは絞りたい。これより開けると周辺に僅かだが乱れが出る。アンダーコレクションのいわゆる「絞りの効く」タイプのレンズと予想する・・・例ではF11まで絞っているが画質の低下は認められない。逆光でのテストは万全ではないが予想よりは破綻が無く、良好と云えようか。
全体を見ると仕上げ・精密感・操作性のどれをとってもF3.5がF2.8を上回っており、描写性能はF2.8が良いと思う。どちらを取るかは本人次第・・・安くて実用性のあるインダスターは本物である。私のくどくどとした理屈は抜きにして一度使ってみて欲しいと思う。前に書いたジュピター50mmより癖がなく万人向きと考えている。


京都学研都市にて。インダスター50mmF2.8+ヘキサーRF+RA

京都相楽郡。インダスター50mmF3.5+M5+RA

ペンタックスSPに取りつけたM42マウントのインダスタール50mmF3.5(固定鏡胴)。まったくLマウントの上記レンズの鏡胴基部を切り取ったものである=勿論M42用のヘリコイド改造はしてある...ただしなぜか口径だけは少し大きくてA36のかぶせフィルターは取りつかない。テッサータイプレンズのレンズ後端からフィルム面までの距離の長さを利用したものである。おかげで極端なパンケーキレンズとなった...そう言えば一眼レフ用のパンケーキレンズはテッサータイプが多い。写りは悪くないが、回転ヘリコイド+先端にある絞り環+自動絞りなしと使いにくいことこのうえない。しかしM42レンズはベッサフレックスの登場もあり、これから安価に楽しめるクラシックレンズとして注目に値することになるだろう。
                                                     
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