ライツカナダの名レンズ 今回は以前あまり人気がなく、最近「毎日アミューズ」他の雑誌で取り上げられ、かつその他のズミクロン35mmを試し終わった人々の関心で、再評価されつつある「ズミクロン35mm6枚玉」を考えてみたい。そもそもズミクロン35mmは様々な異同(細部のバリエーション)は抜きにして、写りに最も影響のあるレンズ構成を中心に見ると1958−1969のいわゆる8枚玉、1969−1979の6枚玉、1979−1997の7枚玉、それ以降のASPHと4種類に分かれる。今回取り上げる6枚玉はあまりに神話化した8枚玉の後を受け、カラーへの対応(それと言うのも初期のMレンズの多くが「黄玉」なのである)とコンパクト化(そしてコストダウンへの対応は残念ながら避けられなかった)を目的として開発されたのである。そしてそれは7枚玉で達成された。つまり現代的レンズ(性能とコスト)への対応のつなぎのレンズという言い方もできよう。ただしこれはASPHまで辿り着いた今だから云える結論で、当事者やその時代に写真学生だった者には承伏しがたい事でもある。と言うのもその時代に「カメラ談義5」CLの項にも紹介したとおり、当時としては最新鋭の国産のレトロフォーカス35mmF2のレンズなどは問題にならない良い性能だったのである。友人はCLにこの角付き6枚玉を着けて颯爽と写真を撮っていた。私はキャノンの35mm付CLしか持てなかった。「角」にもスリットフードにも格好良さがあった。私にすれば少し悔しい、それでいて憧れのレンズなのである。今6枚玉(それも角付きでないといけない)を持って撮影するとき、当時に友人と一緒にお互い新品のCLを持って、京都の上賀茂神社から鴨川をブラブラ下りながら写真を撮ったことをいつも思い出す。だからか6枚玉に大きなこだわりを持っていて、テストし3本目で見かけは悪いが写りの良い「その時の」ズミクロンを手に入れた。青春の頃流行っていた音楽を一生聴き続けるのと同じく、忘れがたいレンズの味なのである・・・7枚玉には性能的にかなわないが、7枚玉の次によく使う35mmレンズである。私は学術写真家(つまりは技術者または研究者に近い)なのでドライに撮影することが多い。どのレンズでどのフィルム、角度は?リスクは何?などと・・・。しかし「表現」とは「目的と技術」ばかりではない事も知っている。作家としての才能がないと知ったときから「感性」は封印してきたつもりである。昔憧れたライカやそのレンズ群、ハッセル、コンタックス、ローライなどすべてを手に入れたこの頃、もう一度「絵」を創ってみようとしている自分を感じる。それは考えて出来るものではない。永遠の時間の退屈さの果てか、息せき切った忙しさからしか生まれてこない性質のものなのである。6枚玉を見ながらそんなことを考えている。 さて1969年当時、経営の傾きかけていたウェッラーに代わり、カナダライツが意欲的にレンズを開発していて、ズミクロンは50mmも同じ年7枚玉から6枚玉に代わっている(これはドイツ)。理由は同じである。よくライカ本に初期のMレンズを評して「美術工芸品のような」「コストを考えない造り」などと言う表現が出てくるが、まさにその通り、コストは考えず作っては売りまくっていたのである。競争者のない強みで幾らでも売れたのである。その後ある程度行き渡り、安定期に入ると俄然日本の一眼レフの攻勢に会って、非合理な生産体制の見直しを強いられたのである。カナダライツは二度ライカを救った。最初はMレンズの設計(8枚玉もズミクロン90もカナダである)とその合理化(第2期Mレンズはカナダ中心だった)と、ウェッラーの経営が更に悪化した1970年代にM4B、KE7A、ライツの破綻(1974)でドイツ側がRF機から撤退した後、M4−2(1976)、M4−P(1981)とボディの生産・開発を続け、新生ライカによるM6の発売に至る継続の功績である。話が長くなったが、言いたいことは一般に低く見られているライツカナダは海外の支社あるいは海外工場という性格ではなく、一貫してライカを支え、立て直す旗手だったのである。ウェツラー・・・ドイツと皆が賞賛することに私は少々気分を悪くしている。ライツカナダの人々もその気持ちは強かったのだろう。実は私はすべてとは言わないが、ライツカナダの設計のレンズに優秀性を見るし、製造においても同じ製品ならカナダ製が良いとすら思う。値段は逆になっているので助かるが・・・。 話は大袈裟な方向を向いてしまった。そのような背景でズミクロン6枚玉は完成した。したがって見た目が悪くなったのは止む終えないことなのである。一方の新しいレンズとしての性能はどうなったのだろう。 まず6枚玉を外から眺めてみる。たいへんコンパクトで軽い。重厚感を必要としないスナップや自分を隠して撮るには絶好である。レンズを基部から見てみるとマウント部はクロームメッキ(たぶん真鍮製)の帯があり、ここに赤点のマウント指標が付く。その上にリングが先細りに4段積み重ねたようになっている。まず被写界深度の刻んであるリング、これに縦のターレットが刻んであり、レンズ脱着時ここを持ってレンズを回す。ピント位置の三角マークが小さく見にくいが(写真のレンズは綺麗なのでよく見えるが使い込むと角の色が落ちて分かりにくくなる)、その下に小さなビスの頭があり問題ない。このリングの角が写真のレンズ(1969/カナダ=以前テストしたレンズ)だと面取りしてあり少し斜めになっているが、私のレンズ(1970/カナダ)は他のリングと同じく角が立っている。 さて描写について。前のレンズである8枚玉の欠点はすべて克服されている。カラーバランスはナチュラルに、逆光時の画質低下(主としてフレア、コントラスト低下による画質の低下)も押さえられている。更に8枚玉の個性である、繊細なシャープさを犠牲にした代わりにフィールドフラットを手に入れた。8枚玉は中央部のシャープさに比べて周辺の画質の落ちがあり、絞るとフラットになるのだが中央部はかえってシャープさが損なわれる。要するに中央部を浅絞り時からシャープにするため周辺部を犠牲にしたのであろう。それに比して6枚玉は画面の全体に同じようにピントが来る。確かに中心部の繊細さは足りないが、周辺まで崩れることはなく、絞っても少しづつコントラストが上がり、深度が深くなるだけで大きな変化は起こらない。癖(味)のない、そして破綻のない安定したレンズと言えよう。しかしその後の7枚玉、ASPHと比べると固さがなく、ぬらりとした描写に、とうてい他社に追随を許さないライツの味を感じる。条件によりマゼンタがかることがある−注意である。そして8枚玉と同じく個体差があり、何本かを試さないといけない...最終的には4本試したが、どちらかというと遠距離の解像性に問題のある個体がある・・・テストしたレンズのうち2本が遠距離に欠点があり、単なる偶然とは言えないだろう。 1.エルマリートM21mmF2.8 2000/11段階では1.4.7は製造中止。3.は1998年位にドイツへ移った。2.もどうやら生産は止まっているようで、現在新品で売っているものは1996−8年の製造である。たぶんドイツへ移るのだろう。2本のRレンズのことは分からないが似たような運命だろう。私はライツカナダの奮闘を讃えてズミルックス75とノクティルックス50を(両方カナダ製)購入した。ライツカナダがなければ、或いはウェッラー没落後Mライカを作り続けなければ、今Mライカを手にしていなかったかもしれないのである。エルカンに永遠を期待しないが、私は忘れはしない。 参考文献 残念ながらライツカナダの研究がライツウェツラーに比べて非常に少ない。 松阪市街地−河川堤防上。左の小道が旧堤防、右の車道が新堤防。間に建っているものは、おそらく元は不法占拠に近い形で河川敷に建っていた小屋なのだろうが(行政は認めていないが言うに云えない地先権)、新しい工事で残された。汀の定まらない水辺ではよくあることである。 ヘキサーRF+ズミクロンM35mmF2(6枚玉)+RDPIII 私の汚いズミクロン35−6枚玉。一番下の深度表示のあるリングのエッジの角が立っていて、そこがすり減っているのが分かるだろう。あとはどう考えてもフィルターねじ込み用の枠が高いことが分かる。人気のない機種だけにバージョンの変化の解説は少ない。他のレンズでも人気のないものは不明な点が少なくない。 もうひとつの6枚玉(「角なし」1977年モデル)を手に入れた。最近の値崩れで元々人気の低かったレンズが更に手頃な価格になったのである。角(つの)がなくなっただけではなく上と比べても分かるように、レンズの構成が変わった=中は分からないが前玉だけを見ても、前へ出て口径も大きくなっている(フィルター系は同じ39mm)。ただし角がなくなったこととレンズ構成が変わったのが同時かどうかは未確認。同時と言う人が多いが何とも言えない=6枚玉はバリエーションが多いので不明なことが多い。 角なし6枚玉をM4−2に。無個性だが(一番似ているのがUCヘキサノン35mmF2)操作性は角付きよりいいだろう。描写については角付きとあまり変わらない=しかし近距離より遠距離に重点を置いているようだ。角付きの中に遠距離の解像性が良くない個体が多かったためだろうか? 私のsummicron6枚玉とライツミノルタCL...1970年代、この組み合わせで友人は闊歩していた。 友人から2ndバージョンズミクロン35/50mm2ndのセットがやってきた。ついに「綺麗な角付きズミクロン」である。
6枚玉3本、左が角無しだ。角ありも2本とも微妙に仕様が違っている。Leica M9での映像でも良い結果を出している。
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