今回はM3用のズマロン35mmF3.5(1957)を取りあげる。いわゆる眼鏡付である。別目的のDRズミクロン・エルマリート135mmF2.8などは別として、眼鏡付とはライカM3用の35mmのレンズを指す。それというのもM3はほぼ等倍のファインダーであり、レンズフレームが50.90.135しかない事からくるのである。M3のファインダーの見やすさと引き替えにワイドが使いにくいことになったのである。外付けのファインダーで撮影(そうバルナックライカと同じように・・・)することは不便であるだけではなく失敗の危険性もある。そのためライツが考えたことはファインダーと距離計窓にワイドアタッチメントレンズを付けて50mmレンズ枠を拡大(正確にはワイドで入った画像が50mm枠に合うように設定)して、せっかく達成した一眼式レンジファインダーの優位性をワイド域でも確保した、いわばアイデア商品なのである。このような(DRズミクロンやエルマリート135mm或いはビゾシステムなども含む)技術的な練達がライカMシステムの完成を支え、今なお孤高の価値を保ち続けている大きな理由のひとつをなすことを忘れてはならない。確かに現在はワイドレンズが必要なら0.72更に0.58ファインダーを選択すれば済むことで、このようなかさばる、そしてOH時の調整に苦労するシステムは必要ないとも云えようが、M3の時代では必需品であったのである。M3用の眼鏡付ワイドレンズ(どうしたものか全て35mmのみ、理論的には28mmでも可能だが・・・エルマリート21mmの改造眼鏡付きレンズは見たことがある)は1.ズマロンF3.5 2.ズマロンF2.8 3.ズミクロンF2−8枚玉 4.ズミクロンF2−6枚玉 5.ズミルックスF1.4 がある・・・これらの中にも細かな異同があるがレンズ構成からみるとほぼこんなところだろう。当然ながら各々眼鏡なしのM2(CLを除くM2以降のモデルも含む)タイプがあり、スクリュータイプも1−3にはある。 さて、このような特異なレンズ群の中で今回はズマロン35mmF3.5を選んで紹介する。 意匠を見てみよう。まず目立つのは何と言っても眼鏡である。上記1−5のレンズ中では最もデザインが良いと思う。他のレンズは全て黒の縮緬塗装のみであるが(例外もあるが、本体が黒の時は眼鏡のレンズ枠も黒、白の時は白)、このレンズだけはライツの商標のレンズマークに「E.LEITZ WETZLAR」と白色で彫り込まれている。撮影結果とは関係ないが悪くない意匠である。そして眼鏡の裏側にも「Made in Germany」と彫り込んであり、他は確認していないが8枚玉にはこれはない。仕上げ全体もズマロン3.5が明らかに細かい仕上げである。また他には付いていない眼鏡上の大きなネジは調整用だが、どう操作するのか知らない・・・調整はきちんとされているので、触らない方がいいと思って試してはいない。 レンズ本体はクロームのみである。仕上げはM3ボディの初期型と同じで非常に良い。後発のズミクロンやズマロン2.8より輝きは少なく、見た目には地味だがボディとのマッチングはこちらが良いだろう。鏡胴を下(マウント側)から見ていくと、基部は眼鏡を取り付ける都合で幅があり、全長の半分位になる。ここにはレンズ交換用の赤い指標とレンズ脱着用の滑り止めの縦のターレットがあり、幅が広い分脱着は容易である。その上は急に細くなり、法面に被写界深度の表示がある。 フィルター径は上にも書いたとおり39mmである。レンズ前面はまた梨地仕上げで、昔のライツの「Erust Leitz GmbH Wetzlar Summaron f=3.5cm 1:3.5 Nr.・・・」と彫ってある。ある人がこのあたりの時代の表記が好きだと言っていたが、そうかも知れないと思う。その人がライカに憧れつつ持てなかった時代の表記である。私にとってはM5の時代がそうである。この時代のレンズ・ボディ・それらの意匠まで心の中で膨らませてきた憧れなのかと思う。最近は以前と違い、ライカはただの道具ではないと思っている。銀一の推奨する「生まれた年のライカを」というのも頷けるように思うし、若い頃、駆け出しの頃のライカを今持つことに喜びを持つことも良いと思う。機能や性能万能である必要は全くないし、たくさんの「私のライカ」があって良いのだから・・・一見もっともと思わせる言葉「真実はひとつ」まさにスターリン主義である。 これも眼鏡付の功罪だろうが、レンズは奥まったところに小さく見えている。コーティングはLレンズと見たところ同じの薄いブルーとアンバーが見えているが、効果があるのかどうか頼りなく見える。しかし上記のとおり後発のズミクロンやズマロン2.8より逆光に強く、カラー対応もズミクロンより黄色味が弱く、見た目より結果を大切にせねばと感じた。コーティングも同時代のズミクロン35.50、ズマリット50などよりハードコートで剥がれや曇りも出にくいようである。 全体に見ると仕上げ(このレンズは1957年製だが私の持つライカMレンズのうち1954−1960のものは特別に良いと思う)は良好、操作性もチマチマしている点を除くと良好、価格的にも比較的買いやすく程度の良いものも多い。またM3用と言っても他のMボディの多くにも問題なく取り付き、50mm枠を使うため結果としてアイポイントが長くなり、眼鏡使用者にとってはたぶん違和感はないだろうと思う。これの無骨なデザインも時には良いだろう。取り外しや収納が面倒なので、私は眼鏡付を着けるときは着けっぱなしにすることが多いが、神経の細やかな人はそれも問題ない程度だろう。私はM3以外ではバランスを考えて写真のようにM5に取り付けることが多い。欠点としては前記の調整不良・ファインダーの見えの悪化のリスクと、眼鏡がライカらしくない脆さ・弱さを持っているのでぶつけて壊さないことである(眼鏡レンズの清掃・交換は結構高くつく)。 ヘキサーRFに。こういう使い方ができるのもライカ世界に住む特権である。他に類を見ない奇妙なシステムが現代のカメラにまで使える・・・勿論、原則的にMライカならCLを除いて全部着けられる。 描写について。Lズマロンと同じレンズ構成とされているし、私が見てもそう思うが、個体差かそれとも鏡胴が変わったことによるものか、何か小さな改良があるのか、Lズマロンより一段いい結果が出せる。特に浅絞り時に顕著である。Lズマロンは絞りを開けると周辺の画質が落ち、しかも流れも感じられるが(F8には絞りたい)、Mズマロンにはその気配がない。開放でも画質全体は落ちるとしても周辺に大きな破綻はなく、周辺光量の低下も最低限と思われる。そして絞るごとに画質が上がり、フィールドでの現実的最大絞りである16まで行っても崩れは無視できるほど小さい。中心部はLもMもたいした差はないが周辺部に差があるのである。このズマロンは最末期に近いものなので多少の改良があると考えている。他のレンズ(ライカ以外も)でも経験しているが、同程度の同じレンズ(はっきりモデルチェンジしているもの以外)だと年式の新しい方が良い結果を出すことが多い。10年も15年も作り続けるのである、知らされない小変更があって当然であろう。ボケ味はやや固く(と言っても現在のズミクロンと比べると軟らかい)収差の残存を感じさせる渦巻き状のボケが発生することもある。 M5に取り付けた姿。左はエルマー50ではなくズマリット。 奈良県当麻寺にて。絞りF4、ボケ味はやはり良くない(同心方向の流れがかすかにある)が、現代のズミクロンなどと比べると段違いに良いと思う。ピントの合った部分はかなりシャープである。ひどい曇り日にもかかわらずコントラストは高い。 当麻寺門前町にて。コントラストは高い。絞りは5.6、M3+RA(上の写真も同じ)である。
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