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フジカGW690

中判フィールドカメラの決定版

このカメラは私の記憶では大昔からあったと感じていた。本格的に写真を始めた1970年頃には既に一般的なカメラだったし、学生時代(20数年前)に写真館でアルバイトをしていたときもこのシリーズのカメラで集合写真を撮った記憶がある。文献をひもとくと(と言っても断片的な資料で年代的な錯誤があることはご了解いただきたい)このシリーズはまず「G690」が今とほぼ同じフォルムで1960年代に発売されたことが分かる。何と現在まで40年も基本的に同じカメラが継続されているのである。ペンタックス67やマミヤRB67などもそうだが、概して中判カメラは製品としての寿命が長く、改良に改良を重ねて完成度の高さが得られている。最近のカメラの寿命の短さはどうにかならないものかと思う。モデルチェンジでは性能は良くなっても熟成がたりず、性能を上げるためにまた次の新製品になる。その度にマウントが変わったり、共通部品が少ないためパーツの不足や修理不能の事態まで誘発してしまう。ユーザーサイドにたった製品の開発を望みたい。新しいカメラが悪いというのではない。両方の選択肢を残すべきだと考えているのである。35mmカメラでもライカやニコンの行き方に共感する。
さてG690はレンズ交換式で私の記憶ではワイドと標準(これは100mm)があったと思う。これ以外はほとんど現在のGW690Vとほぼ変わらない機構を備えていた(外見もそっくり)。その後1970年代に「GL690」(価格112000円)に変わり、交換レンズにAE電子シャッター組み込みの100mmF3.5レンズが加わり、なんとこの段階で絞り優先のAE撮影ができるようになったのである。見かけはレンズの右にバッテリーとシャッター制御機構の入った箱が付いているのが特徴である。
その後1978年頃、今回紹介するレンズ固定式の「GW690」(価格14万円)に変わった。改良点は左右に(大きさは異なる)ホールディング用のグリップが設けられたことと、レンズが新設計の90mmF3.5マルチコーティングとなったことが主である。いずれも当時のカメラ全般の流行で性能や使い勝手に影響のある変更と云えよう。カメラの解説はあとで述べるとして、その後の推移をたどってみる。
1985年、レンズに繰り出し式のフードが内蔵された、ホットシューが付いた、ライカM5と同じくそれまでの縦吊り2環から縦でも横でも吊れるように3環になった、カメラ表面の貼り革の質感が変わったなどが改良された「GW690U」(価格155000円)になった。これも着実で実用的な変更と云えよう。更に1992年、ボディ外装に合成ゴム製のグリップの良いものを取り入れ、それに伴いシルエットも丸味を持たせ(シャーシは同じ)、レンズ鏡胴のデザインも今風にされた「GW690V」になり現在に至っている。このように40年にわたって活躍し続けたカメラだが本質的な変更はレンズの変更(交換式も含めて)以外は本当のマイナーチェンジで、いかに基本の設計が確実なものだったかと言え、かつカメラの本質的な機能・機構はライカMやニコンFにも見いだせるように1950−60年代に完成されていた事も俯瞰できる。話は変わるが私は高校生の時からバイクに乗っており、一時は草レース(トライアル)にも参加したことがあるくらい熱心に乗り継いできた。その間30年、何十台のバイクに乗ったが、決定的な改良はリンク式のモノショックサスペンション(メーカーによりプロリンク、フルフローター、リンクモノクロス、カンチレバーなどと呼ぶ)の導入だけだと考えている。あとは地道なマイナーチェンジだけだったように思う。
では本題の「GW690」の解説に入ろう。
写真館カメラとしては普及し、確固たる地位を占めていたカメラであるが、一般的には人気のない地味なカメラであった。当時(1970年代)中判を買おう!と思ったときにまず浮かぶのがペンタの67かRB67で(外国製品は価格の面で問題外)、より小型のプロニカECやマミヤM645がせいぜいのところで、GW690やマキナ67などはマミヤプレスやマミヤ二眼レフなどと同じく、特殊なカメラという認識があった。RF機や二眼レフそのものが時代遅れのマニア向けのカメラに見えていたのである。カメラの発達史を考えると当然のことであり、現在でも事情はそう変わらないだろう。
しかし私も経験を積み、カメラに「目的と技術」を求めるようになって、中判カメラに携行性の良さを要求するようになった。私はフィールドで仕事をするので、レンズ交換式の一眼レフ中判カメラはその重さと大きさで機能はともかくとして携行が不可能なカメラとなったのである(その意味でフィールド派の白川義員氏や高田誠三氏が中判や大判カメラを山に持ち込む事に敬意を表する)。当然に35mmカメラ中心で中判はサブカメラとして持てるものが必要になったのである(それもそれほどの必要性はなかったが、多少の印刷効果を考えた)。
まずはフジGS645S、国内外の二眼レフ、マキナ67と試したが安定性や性能で満足が得られない。そのなかではローライフレックス3.Fが良いのだが、あまりに繊細な技術の粋をつくした機構に気後れ(別の言葉で言うと故障の心配)がして使いづらい。そこでついに登場したのがこのGW690である。例によってブラブラ大阪/梅田を歩いていて、ある店で38000円で売っていたのを即座に購入した。人気がないのである。1978−1985年のどの年の製造か分からないが程度は良い。このカメラには総ショット数のカウンター(フジのカメラにはこの機能のついているカメラがある=最新のTX−1にもある)があり、製造されてから何回シャッターが切られたかが分かる仕組みになっている。外見の美しさとこのカウント数がたったの200であることから、アマチュアが長年所有していて結局あまり使わずに売ったカメラであることが類推できる。ファインダーが曇っていたがこれは後日クリーニングでクリアになった。撮影の結果はため息がでるようなものである。特段に良いという意味ではなく、私の中判に対する要求を満たすカメラとして最良の結果を出し、今までの回り道を嘆いてのこと・・・20数年前の写真館で初めて使ってから今日に至るまでの年数のことである。サブカメラとしての条件=軽い、簡単、丈夫、小型のうち、大きさだけはさすがに69なので叶わなかったが、それ以外はすべて条件を満たしている。更に私の持つすべての中判レンズ(古いものしか無い)で最高の性能をたたき出した。35mmにおける一眼レフとレンジファインダー用のレンズにも云えるフランジバックの短さが良い結果と関係あるのかも知れない。固定式のレンズとしては最適な画角(35mm判で換算すると39mm程度)も便利である。これでまた仕事用としてはお蔵入りになるカメラが何台か出ることになる(私はカメラはなるべく売らないので趣味としてのカメラになるのだろう)。
さて機構・機能を順に語ろう。寸法はW188.H114.D120となっており写真で見るよりずっと大きい(同じ形のライカM4−PはW138.H77.D80−ズミクロン50付)。私が操作感でもっとも気に入っているレンジファインダー機としてのライカとの共通性もこの大きさのせいで「なんとか」確保できているといったところである。重さは1430gでペンタ67の2380g、RB67の2650gと比べて圧倒的に軽く(すべて標準レンズ込みの重量。ちなみにM4−P=755g.RTSV=1425g)、フィールドでも扱いやすい。ライカと持ち替えても違和感は少ないと云える。サブ機としてはメイン機と持ち替えたときの「違和感」も大切な要素なのである。全体の仕上げはやや光沢のあるブラッククロームで人工皮革の貼り革とあわせ、かなり堅牢な仕上げで趣味的な要素は排除し(最近発売されたブロニカRF645の金バッジはどうも好きになれない)いかにも営業用の趣がある。
さて撮影にかかろう。例によって左右の表記は撮影者から見てのものである。普通のカメラと違ってボディ右下の爪を下に引き、バックドアを左に開ける。ボディ下部のフィルム軸を下げるノブを引き下げ(仕上げは良い。ベースプレートに先に書いた総ショット数のカウンターがある)、フィルムを装填する。この時220フィルム使用時は圧板をずらしてセットせねばならないが、作業しやすく表示も明快である(同時にボディ上面のカウンターセットダイヤルを操作して16EXPにする)。巻き取り軸にフィルムをさして、空巻き上げでスタートマークを合わせて蓋を閉め、止まるまで巻き上げ続けて(いわゆるセミオートマット式)フィルムカウンター1から撮影の開始である。ちなみにフィルムをセットしていないと空シャッターは切れない機構となっており、総ショット数は「空撮り」のない客観的な値であることを保証している。ライカM5と同様の縦吊りもレンズがボディに比べ相対的に重く前下がりになるため、携行時の安定性を考えると合理的である。ただし吊り環の巾が狭く、左手のホールドのじゃまになることがあるが、このカメラはライカに比べ大きく重いので、左手はレンズを下から支える形で持つため実際上は問題ない。フィルムはレバー式でダブルストローク(2回巻き上げでチャージ完了)小刻み巻き上げも可能である。ダブルストロークとしたため巻き上げトルクは比較的小さい(ライカM3と異なりこの理由でDSとしたのだろう)。シャッターボタンはライカMと同じく巻き上げレバーと同軸で使いやすく、押し心地も節度があり好ましい。シャッターを押すと「バチャッ」(ローライのシンクロコンパーの「チョン」「ヒュン」という音はやはり絶品である)と比較的大きな音がするが、当然にショックはほとんどない。このシリーズに伝統的に設定されているボディ前面の第2のシャッターボタンは、手の小さな人や手ブレのリスクを最低限に押さえたい人には親切な機構だろう(私は同じ設定のトプコンREスーパーも使っていたが、光軸方向に押すとブレが押さえられるというのは僅かな差だが本当のことだと思う)。
さてファインダーはライカMと同じく左端に付いており違和感はない。覗くとたいへんクリアーで90mmのブライトフレームもクッキリと浮かんでいて見やすい。ファインダー倍率は0.75で多くのライカMの倍率と同じぐらいでやはり違和感はない。ピントリングを回すとフレームが移動し、パララックスの自動補正と距離による画角の変化まで調整されている(フレームは実に複雑で不思議な動きをする。この点はライカのファインダーより優れている・・・営業用として重要な機能である)。距離計の基線長は59mm、有効基線長は44.3mmで固定レンズ用としては充分である。ただし距離計像は丸く周辺の曖昧なもので、2重像合致式としては問題ないが、上下像合致式のピント合わせは不可能である。
次に露出を合わせる。露出計は付いていないので外部露出計で測ることになる。この手のカメラでは仕方のないこととも云えようが、やはり内蔵していた方が使いやすいだろう・・・GS645Sには付いており便利であった。測った値をレンズ先端にあるシャッターリングにセットする。シャッター速は右からT.1−500である。その下にある絞り環(左から3.5−32まで、半絞りでクリックあり)と接近していて良い面(見やすい事と、一緒に回してライトバリュー式の設定も可)と悪い面(狭いところに同じような2本のリングがあるため、シャッターの設定を変えるとき絞り環を動かしてしまうことがある)がある・・・実は使いづらさへの対応はなされている。絞り環はピントリングとの間に余裕があり、レンズを持ったときピントリング側から指を持っていって操作し、シャッター環には下部にライカのピントレバーに似たレバーが付いており、下からだと操作しやすくなる。これらの改良も長い間になされたもので、完成度の高さを感じてただ脱帽である。つまり露出の制御と共にシャッターや絞りの微妙な調整を可能にしている巧妙な仕組みなのである。@ライトバリュー式の露出制御 A絞りの単独操作 Bシャッターの単独操作 である。この仕掛けはカタログや店頭で見ただけでは分からない。使ってみて初めて分かる性質の機能である。良くできているカメラだ。操作感はもう少し軽く動く方が好みだが、確実性という点ではこのぐらいが適度だと思う。
ピント合わせは幅広のゴムのピントリングで行う。∞−1mで回転角約90度、ヘリコイドのトルクと言い回転角と言い申し分ない。なおシンクロはX接点がレンズ鏡胴の右にあり、ホットシューはU型まで待たねばならない。
レンズのフィルター径は67mmで私は汎用のメタルフードをねじ込んでいる。レンズはEBCフジノン90mmF3.5でマルチコーティング、5群5枚の変形ガウスタイプである。描写は「素直」が最大の個性で、開放から完全に使えるが絞っても少しづつ良くなるだけであまり変わらないのである。開放で周辺が多少甘い(と言っても私の試した他の中判レンズと比べると良い=意外かも知れないが開放からきちんと写る中判レンズは大変少ない)が5.6で申し分なく、16まで絞ってもほとんど落ちない。同じレンズを使った68や67だと画面が小さくなり更に平坦な特性となる。色味にも癖がなく、コントラストも高からず低からずという平均的なものである。概して周辺までよく補正されているレンズは中心でもうひとつという傾向があるが、それもこのレンズにおいては杞憂である。願わくばハッセルのC120mmF5.6T*の中心部の極端な切れ味が加わればと思うが、これは贅沢な希望であろう。本当のところは何も言うことは無いと云っていいレンズである(逆光には注意しよう)。ただし結論は「私の」テストしたレンズの範囲での評価であって、最新の(例えばペンタ645やコンタックス645、ハッセルCFiレンズなど)レンズはもっと良い結果を出すだろう。それに私は35mm中心に撮影してきたので中判レンズをあまり多く使っていないのである。そもそもフィールドで使いにくいもの(例えばRB67やGX680)はテストすらしていないのも事実である。基本的に経験をもとにして解説しているためカタログ的なデータ以外の性能や使い勝手は自分の感じ方で相対的な評価となっているのも考慮していただきたい。私の述べたいのは「目的と技術」をキーにしたカメラの評価なのであり、カメラの順位付けや絶対的な「これが一番」という評価を下したいと思ってはいない。

構造が簡単で壊れにくく、使いやすい営業用のカメラとしての完成を見たもので、同時にフィールド用としての適性があるカメラであることが分かった。なによりライカのサブカメラとしての違和感のなさが好ましい。フィールドでの撮影時(特に過酷な条件では)夢中で身体が無意識に動くまでに同化する必要があり、私の探していたこれに打って付けのカメラなのである。新しいフィールド用中判カメラの登場まで、私はフィールドにこのカメラを持ち出すこととなるだろう。
抜群の存在感である。営業写真館御用達としてだけではなく町や野にも持ち出して欲しいカメラである。新品でも中古でも安価で買いやすいカメラだとおもう。いずれ友人のスキャナーを借りて69の写真も上梓したいと思う。

黒部川・愛本の堰堤。ここから向こうが山の世界、背後が日本有数の扇状地である。

参考文献

カメラ毎日別冊「カメラ・レンズ白書1979」毎日新聞社

日本カメラ別冊「カメラ年鑑1987」日本カメラ社

各年度の日本カメラショー「カメラ総合カタログ」
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