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ズミクロン35mmF2 (7枚玉)

私のよく使うレンズ=ズミクロン35mm

今回はズミクロン35mmF2のいわゆる7枚玉を採りあげる。35mmレンズは私にとって使用頻度の最も高い焦点距離なのだが、その中でも「あれこれ云っても」一番多く使うレンズがこれなのである。あまりに有名なレンズなので初めて見る人は少ないだろうし、その評価/評論も多く出ているが、今回は私の感想…必ずしもベストの性能とは云えないが最もよく使うレンズとしての魅力を考えてみたい。
まずは周知の事とは思われるが、その歴史について触れてみよう。このレンズは1958年に出た「8位玉」、それと1969年に交代した「6枚玉」(各々バージョンがあるがここでは触れない)に続いて1978−9年に登場し、1996−7年まで生産されたズミクロン35mmとしては最も長命のレンズである。そのあと非球面に替わった事を考えると、ライカでは7枚玉が球面レンズの究極(ちょっと大袈裟だがコスト面まで含むとそうなるのか?)の姿と位置づけていたのだろう。話は少し外れるがズミクロン35mmの各レンズはカナダが常に主導して製作されており、8枚玉も6枚玉もカナダで設計/製作された。ドイツでも作ってはいたが、その数は少ない。7枚玉に至っては、レンズヘッドは最後までカナダ製であった(鏡胴に彫られているmaid in Germany は完成品を作ったという意味になる)。これ以外にもワイド系ではエルマリート21mm/1st、エルマリート28mm/1st−3rd、ズミルックス35mm/球面、ノクチルックス50mmF1.0、ズミルックス75mmF1.4、ズミクロン90mm/1st−3rd、テレエルマリート90mm/1st−2nd、エルマリート135mmF2.8・・・勿論各種のエルカンレンズと、ライカの特殊/高性能のレンズを作っていたことが分かるだろう。そう言う位置づけに注意を払って欲しい。
さて話を戻して、私はこのレンズを3本所持している。1本はライカ発表のレンズナンバーリストで見ると1996年製の最終型で、私が1998年在庫で残っていたものを辛うじて取得したのである。非球面レンズも同時期に購入したが、新しいレンズの人気に押されて少し安くなっていたと記憶している。もう1本は最近友人が手放すと云うので買ったもので、偶然にも1978年の最初期型のレンズであった。ちょっとした偶然ながら最初期型と最終型が目の前にある。当然に比較してみたくなるのが人情というものである。そしてごく最近にクロームのレンズが店に出てその綺麗さに(性能は納得済み)ほだされて買ってしまったものである。今回の比較は新旧のブラックレンズに限った話である。クロームは鏡胴材質が真鍮になって重くなった以外はブラックと同一の仕様である。

では見ていこう。シイベルの1988年版カタログデータによると、5群7枚構成(面白いことに8枚玉の最も内側の薄い凹レンズを1枚取り去った、あるいは6枚玉に1枚入れたような中間的な構成である)、最小絞りF16、距離計連動範囲∞−0.7m、最小撮影範囲430X640mm、フィルター径E39、全長26mm、最大径52mm、重量190g、コード11310(ちなみに写真によると後期型レンズである)となっており、これは新旧ほとんど変わらないデータだろう。また話が脱線するが、このカタログは1988年最後のウェツラーライカM6のもので(実はこの年のカメラショーで貰ったものである)ロゴも「Leitz」の文字が誇らしい。このあと(1988年後半)ライツの文字は正式には消えてしまった。レンズは全部で12本あり、エルマリート21/1st、エルマリート28/3rd、ズミルックス35/球面、ズミクロン35/7枚玉、ノクチルックス50、ズミルックス50/2nd、ズミクロン50/3rd、ズミルックス75、ズミクロン90/2nd、テレエルマリート90/後期、エルマリート135/眼鏡付き、テレエルマー135/前期(すべてブラッククローム仕上げ)がその内訳である。そのうちズミルックス50とテレエルマー135だけが純ドイツ製で、あとはカナダ製であることは非常に興味深い…実のところ私はカナディアンに肩入れしているのである。

さてまた話を戻そう。7枚玉の新旧の差は並べてみないと分からない程度の差異が多い。まず全体の印象は同じブラッククローム仕上げとは云っても旧に艶があり、新は完全なマット仕上げである。次に各部を順に見てみると、まずマウント基部から被写界深度環はほぼ同じである・・・レンズ交換指標の赤玉の径が少しだけ新が大きい。新はマウント基部のターレット下部の一部が平面で、そこに LENS MADE IN GERMANY と小さく彫ってある・・・これには色づけは無い。旧はこれがレンズ前面に大きく彫ってある。そしてこれは全体に云えることだが、数字の彫り込みは新がやや太く、黄色のfeet表示の色が濃く山吹色とも云えよう。白ペイントも真っ白に近く、旧の少し黄色味がかった色とは違う。これは経年変化ではない、実は他のレンズでも似たような結果なのである。更に書体も新はいわゆるタイプライター文字で、旧の普通のゴシック文字と比べてかなり角張っている。この差はコストダウンというような性質のものではなく、視認性の向上を狙った改良だろうし、その効果はあると感じている。それに今となってはライカ特有のタイプライター文字も個性的で好ましく思う。
さてその上の距離環も操作感も含めて同じようなものである。文字の色/書体のことは別として外見上はっきりした新旧の相違はこの距離環に付いているピントレバーの形状にある。旧はこの時代の他のレンズでも採用されていた先端にギザを彫った扇形のもので、新はより一般的な二股の意匠である。外見だけ見ると新がピント合わせし易そうだが実際に使用してみると大差はない(ついでに古い丸チョボ式も似たようなものだ)・・・扇形が使いにくいという話も聞いたことが無く、これは見た目優先ということだろうか。
ヘリコイドを繰り出して鏡筒を見ると少し違う・・・新は単なる筒だが旧にはプラスネジの頭がレンズの前から見て1・2・3時の位置に3個並んでいる。なんだろう?いずれ調整用なのだろうが上下左右何らかの対称になっていなくてアンバランスな位置にあるのが疑問である。
次は絞り環だが、これも文字以外はほとんど同じである。旧の絞り値の文字は距離値より更に細く、両方の文字が太く、全く同じ新に比べると特に暗いところでは見にくいかも知れない(見にくさの問題は少しの差であっても老眼のかかってきた私にとっては深刻)。そして旧には絞り環にもネジが3個埋まっている。これは対称に設置されておりローレットの左右と真下である・・・新にはなにもない。絞り環のタッチはかなり異なる。旧は等間隔絞りで半絞りごとのクリックがあり、カタンカタンというタッチである。新はクリックが少し弱くコトンコトンという動きで新が滑らかである・・・これもオイルの経年変化によるものではない。もうひとつこれも意味不明な差異がある。旧のレンズナンバーが絞り環の下部の裏側(下側ではない)の非常に見えにくい所に刻んであるのである。新ではごく一般的なレンズ前面に記してある。理由は上記の MADE IN …と同じ理由でスペースの問題なのだろうが、鏡胴の見える部分に彫るのが普通であろう。
レンズ前面はまた違う。ここでは旧の方が文字が太く大きい…LEITZ LENS MADE IN CANADA SUMMICRON-M 1:2/35 となっている…これでレンズナンバーが書けなかったのである。新は LEICA SUMMICRON-M 1:2/35 E39 36XXXXX これでMADE IN …が書けなかったのである。
絞りは10枚で真円に近く、新旧とも同じである。レンズを覗くと一番関心のある差異があった。コーティングが違うのである。旧はアンバー系が主で2面だけマゼンタである。新はアンバー、オレンジ、パープル、マゼンタと派手な色が踊っていて何となく改良されたような印象である。しかしことは単純ではない…コーティングは反射防止・増透(フレア・ゴーストの低減と透過光量の増加を意図する)とカラーバランスをとる意味がある。あがったポジを見るとほとんど色の差がないため、内面反射防止の改良がなされていることは確実と見ても、もうひとつの可能性として光学ガラスに変更があって、それに合わせ(新種ガラスは着色があることが多い)必然的にコーティングに改良があったのかも知れない。確かに両方の写りを比べると新のヌケが良く、少しコントラストが高くなりシャープ感はあるように思われる(ごく僅かなものだ)。それとは別だが両方ともレンズの貼り合わせ面にモアレが発生し、多少の不安があるが何も問題はない。

次にフードだが、標準では角形のバヨネット式プラスチックフード「12524」が付いておりコンパクトで効果も充分で好ましい。フードキャップ「14043」は便利である。これ以外に多くのフードが着くのだが、まず不思議なものがある…ズミクロン35/ASPHに付いていた「12526」は全く「12524」と同寸同仕上げなのだが番号だけ異なる…当然使用可。あとはズミルックス35/球面などに用意された「12504」がある。浅くて効果の程は疑問が残るが、形が良いのとシリーズ7フィルターが挟めて、これ一つでほとんど全ての35mmレンズをカバーできるメリットがあり薦められる(もうすぐ生産を止めるので欲しい人は買うべし)。他に50mmレンズと共用の「12585=メタル」「12538=プラスチック」などの深めのフードが装着できて、これらはコンパクトさが犠牲になる代わり効果が期待できる。更に古いE39基準のフードIROOAなども使え、これは長い歴史と基準の厳守が生んだ多様性のたまものである。

☆読者からの質問…6枚玉に角形フードが付けられないかどうか?…結論は取付可能だがお勧めできないとなる。 写真右(7枚玉+12524)のとおり、角形フードの回り止めのためにフード側の凸とレンズ側(ここではF8の上)の凹が噛み合うようになっている。写真左のように角付6枚玉に12524を取り付けるとピッタリ収まるが(当然と云えば当然)レンズ側の凹部がないため触るとフードが回ってしまう…と云ってもサイズがピッタリでバネで締まっているので使えなくもない。しかしMレンズ用の丸形フードならどれでも6枚玉に付くので、そちらにしたほうが良さそうである…お勧めは12538かIROOAのフェイク品である。メタル製は衝撃で凹み、元に戻らないからだ…コレクションとしてなら当然IキレイなROOAそのものが良いだろう。

全体として外から見た私の「使う」要因は、コンパクトさとピントレバーや絞り環の使い勝手の良さ、これらは1958年から始まるズミクロン35mmの歴史における改良と思う。8枚玉のピントのストッパーは不便だし、丸形のスリットフードは格好良くて好きだが実用としては箱形のフードがコンパクトな割に効果が高く、フタがフードに取りつけられる、6枚玉は好きだが「角」による絞り操作はしにくいし「角なし」だと狭くて操作困難、と言うような事になり、結局7枚玉は私のフィールドでは使いやすいのだろう。
描写に移ろう。ここでは新のズミクロンにて概説する。普通の撮影では絞り開放でもハロは出ず、クリアな一定の画質は確保できる。ただし解像線は1−2段絞った方が綺麗に出る。そしてこの時代のライカ広角レンズにありがちなこととして中心のピントはかなりシャープで、周辺に向かって徐々に画質が落ちていく傾向があり(開放の画面隅では急落する)、絞るに従ってその傾向は緩和される。コントラストは高めで白い空に電線が溶け込むような事もある。不満がないこともない…条件が整ったときの目の覚めるようなシャープさに「もう少し」と感じることがある。20年以上前の設計なので最新のレンズと比べるのは気の毒だが、周辺に関してはコントラスト/解像力共に最新のレンズに及ばない。しかしF5.6−8程度でごく周辺部を除いて良い像を結び、決して今のレンズには劣らない。むしろコントラストと解像力のバランスが取れているのだろう、いわゆるシャープ感は優れている。深く絞っても画質は大崩れせず安心してどの絞り値でも使える。焦点移動が少なく、比較的平坦性も高くて(像面の湾曲が小さい)ごく周辺を除いて結像が安定しているということだろう。光学者の測定による「非点格差を小さくし、像高の高いところまでtとs軸を沿わせて周辺部は捨てている…球面収差補正はアンダーコレクションで開放から高コントラストの代わり解像力が小さく、絞ると性能が向上…」というような話を立証している性質である。私の持っている30本程度の35mmレンズの中では物理的/総合的な性能としては上から3−4番目だろうが、ここでも癖のない使いやすさが使用頻度の多さにつながっているのだろう。今性能だけを重視するならヘキサノンKM35mm(大きすぎるレンズである)を使うだろうが、フィールドでは使いやすさ(使用感と描写)が大切である。経験的に多くの場合、性能を厳しく追及すると神経質なレンズとなることを知っている。8枚玉にどうしても納得できなかったのも「神経質さ」=条件によって性格を変化させるからである。ズミクロン35/7の色は8枚玉程ではないが「黄色い」レンズである・・・実用的には問題ないし、悪い条件下では(モノクロに黄フィルターをかけるように)良い結果をだすであろう(少しオーバーな表現で実際はほとんどニュートラルである・・・同時代の国産レンズに比べるとやや黄色っぽいと云う程度の意味である)。1980年代の「ライカイエロー」は意図的なものだったと思われる。周辺光量は最新レンズに比べて僅かに落ちが認められ、やはり2段は絞りたい。逆光性能は良いとは云えないが、ズミクロン35/ASPHより悪いとも云えない。ボケ味はやや賑やかで、浅絞りでは周辺に同心方向の流れが感じられる。そして対称型レンズの特徴として歪曲はほとんど見られない。
総論として現在最高の性能とは云えないが、条件や目的を選ばず、いつでも誰でも失望させないレンズと云えよう。最初にこのレンズで写したときに「これは!」とは感じず、さらっと見過ごした所に本質がある・・・要するに自然で普通なのである。これが20年以上前に達成されたことを評価し、多くの人に長く愛されてきた理由と見たい。今のASPHレンズと比べても総合的には決して劣らず、これからも存在の理由があり続けるだろう。重要レンズであればこそ、またこのレンズも改訂を続けたいと思っている。私の愛すべきライカレンズの1本である。

私の町の駅、近鉄新祝園駅にて。 M6+ズミクロン35/7+RA。ここではずいぶん青いが、そういう光線状態だということで、実際は許容範囲ながらやや暖色系の気持ちのいい色である。かえって青くなりすぎず良いと思う。F5.6程度でピントは全面に充分来る。

*愛すべきライカレンズとは、SA21/3.4...E28/2nd-4th...S35/2nd-3rd...S50/2nd-3rd...E90/2.8.1st...TE90/1st-2nd...H135...E135  暗号みたいだが、このあたりだろうか?

左が12524フードを取りつけた最終型ズミクロン35/7、右が最初期型。ピントレバーの形/コーティングが異なるのが分かる。トップの写真が私の3本目のクロームタイプ・ズミクロン35/7に12504フードを取りつけたもの。

*今年(2002年)新しいタイプの白黒2本を友人に譲った。同じレンズを3本も持つことに嫌けを感じ、かつ僅かの期間にレンズ価格が高騰してしまったため、儲ける気は全くないが手放すことにしたのである(私はオークションや下取りは使わない=友人・知人への譲渡が原則である…事情を話して委託販売で知らない人でも「まともな人」に店を通じて譲ることもある)。手の中には一番古い7枚玉が残った・・・これは別の友人から買ったもので、その歴史を考えると手放すわけには行かないのである。これからは「どれを使うかな?」なんて考えず、精一杯使おうと思っている。なにせ35mmレンズでは一番多用するレンズなのである・・・この本文とは異なり、現在は28mmレンズが使用の中心になってはいるが。 

*恥ずかしながら、またしても「義理」で7枚玉(カナダ/1986)がやって来て、また2本に戻ってしまった(2003.2)。よくよく7枚玉に縁があるのだろう・・・それも運命と受け入れよう。

M5に。このレンズはライカMレンズ中、最も好ましい大きさ・デザインだと思っている。

今は友人の手元で活躍しているクロームモデル/これが探すとなかなかない。

2007.3/また友人から戻ってきた7枚玉・・・不思議なレンズだ。7枚玉は現在(2008.1)新旧白黒合わせて2本所有。これら以外に3本が私を通過していったこととなる。

LeicaM9に。 ついにお気に入りのレンズが復活する。私はLeicaの35mmレンズの中で最もこれを好んでいる…性能や操作性だけではない、成功した取材の記憶ともつながっているのである。これで撮った富山県黒部川の写真が忘れられない。

*参考文献 日本シイベルヘグナーの1988年版M6カタログ。

吉野川/紀ノ川を源流域から河口まで下った…毎週の旅も年度末^^/ 下市町広橋の梅林の茶店にて…茶店と言っても訪ねてくる人達に甘酒をふるまっていて、寒い(北風が吹きつけてホントに寒い=梅の写真が少ないのも「寒い」からだと今回気がついた)外から狭い店のストーブの前に座って見た枝垂れ梅が一番キレイだったかも。このあと吉野川源流域へ遡って東吉野村・丹生川上神社上社まで行った。 今回はLeicaM9+summicron35mm/7枚玉である…私のもっとも好んでいる35mmレンズだ(もちろん最も性能が良いわけではない、なにしろ30年以上前の設計なのである)。

LeicaM9で撮影。倶利伽藍峠から能登半島外浦を望む。完全逆光だと強烈なゴーストが出る(これはレンズ対太陽の方向を調整して「カッコ良く」ゴーストの出るように撮影)…フィルムと異なり「その場で」確認できる。しかしこのレンズの好きなところは、このような場合でも画質そのものの低下は少なく、写真を撮る(自分の目で見るのとは違う)ことが楽しくなるレンズなのである。

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