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ニコノス−V

調査用に買ったニコノス…実用になるカメラ

今回は少し方向を変えて、国産では唯一の本格的な民生用の水中カメラであるニコノスを紹介しよう。私は水中カメラは必要としていないのだが、雨や水しぶきの中どうしても撮影しなければならない時に少なくとも防水カメラが欲しく、ずっとフジカHD−Sを使ってきた。古いカメラなので数年前これが故障し、部品がもうないという事で諦めた(今はテグスで吊って壁に架けてある)。そのあと特に必要な機会がなく最近まで来たのだが、昨年海での撮影中、急に海が荒れ始め、カメラごと海水を被った経験の後、このような時のために防水カメラを探し始めた。熱心にと云うほどではないが、なんとなく気にかけていたのである。フジやコニカ、キヤノンのコンパクトカメラの防水カメラになりそうなところだったのだが、今年になって知人が持っているニコノスVを見せてもらい、作りの違いに感銘を受けて、しかも別の知人も買うことになってあっさりと決まった。ボディやレンズの作りもしっかりとしており、水中写真を撮らないまでも全天候カメラとして使えるものであり、息の長い生産と業務用にも多く使われており、あとの整備にも安心感があって、いいカメラだと思われる・・・実際問題として「多用」するほどではないが「稀な」条件下では力強い助っ人である。なにせ民生用としてはこれ以上のカメラはないのである。
ニコノスは古くからあり、私はその時代のものをよく知らない(勿論両腕を張ったロボットスタイルは知っている)のでここでは解説しない。V型と同じデザインのIV−A型から1984年モデルチェンジされて今に至っている。外見だけでなく機能も大きくは変わっておらず、考え方によってはマイナーチェンジとも云えるであろう・・・価格は¥54500から一気に¥73000(現在は¥80000)に上がったが。私は旧型は使っていないのでこれ以上の比較はせずにV型の使い勝手と性能について語りたいと思う。
さてまずは手にとってみよう。35mmF2.5レンズ付で860gとずっしりと重い。手触りも手の当たる部分は特殊なゴムが貼ってあるが、基本は金属(アルミダイキャストシャーシーそのもの)に少しシボのある塗装が直接にしてあるだけなので硬く冷たい持ち心地である。大きさはW146XH99XD58(ボディのみ)とライカM6よりひとまわり大きいのだが、ゴロリとしたデザインのためか少し小さく見える。手袋をしていても操作できるように各操作系が大きくしてあり目的に叶っている、しかしその反面素手でのホールディング感は悪いと云うほどではないが、持ちやすいとも云えない。総体的に見ると、しっかりとしたライカの作りより更にしっかりとしており、フィールドカメラとしては申し分ないだろう。色はオリーブ(ニコンの表記ではグリーン=金属部分は濃く、ゴム部分はやや色が薄い)と黒地にオレンジの2色があり、派手なオレンジは避けて目立たないと思われたオリーブにした。色調はライカなどのオリーブよりは黄色味が弱く、明度も暗くて私は好んでいる。目立たないオリーブ=軍用という固定観念があるが、平時の今は物々しいカメラデザインとこの色彩によって、かえって異様さが強調され目立つようである。話は外れるが、私は30年以上アマチュア〜芸術学徒〜写真家を通していつもカメラを首から下げて歩き続けた。経験のある人もいるだろうし、ピンとくる話をしよう。カメラをぶら下げている人を見たとき、カメラ人口の多い日本ならではの事だろうが、珍しいカメラや憧れのカメラを下げていると、ついチラリと見てしまうことがある。私も勿論そうしてきた、我慢はするが好奇心には抗しがたいのである。まあライカやハッセル、ローライなどは当然かもしれないが、今までのカメラで2度多くの人にカメラをのぞき込まれたことがある。ひとつは1976年に買った当時「とても高いがなんとか買えるライカ」の「ライツミノルタCL」であり、もうひとつがこの「ニコノス」である。カメラ/写真ファンだけではなく普通の人にも目立つのである。かえって色彩的には目立つがオレンジの方が派手なコンパクトカメラが増えた現在、景色に溶け込むかもしれない。オリーブカメラは軍服を着て都心を歩いているようなものだと合点がいった。
フィルムを装填してみる。ボディ左横にある(いつものように断りがない限り左右の表記は撮影者からみたものとする)銀色の裏蓋開閉キーの爪を起こす。そしてオレンジ色のロック解除ボタンを押しながらキーを左へ回すと裏蓋が浮く。当然のことながら防水用のOリングがあるためポンとは開かない・・・Oリングに負担をかけないようにゆっくりと右に開ける。中の景色はゴツイが特殊ではない、むしろ外枠がダイキャストシャーシーそのものなので箱の蓋を開けたようなシンプルさがある。目立つのは裏蓋の強度である。肉厚のダイキャストと云うだけではなく、全面に強度を増すための格子状の構造をもっており、この点でも防水性のみならず「軍用」的な強度を予感できる。フィルム装填そのものは一昔前のコンパクトカメラと同じである。左のフィルム室にパトローネを入れて、そのあとCLその他のコンパクトカメラに採用されている可動式の圧板を上にはね上げ、右の巻き取りスプールのスリットにフィルム先端を差し、送りギアにパァーフォレーションを噛ませて巻き上げレバーで確実に巻き(巻き上げは逆転巻き上げである)、裏蓋を閉める・・・やはりOリング保護のためやんわり押し込みながら開閉キーを右に回しロックする。1−2カット空撮りして完了である。注意すべきはフィルムを通した後、圧板を確実に戻すこと(小さなノッチがあり、パチンと固定される)とイージーローディングではないため空送りを防止することである。普通は巻き戻しノブが回転することにより確認するのが一般的だが、ニコノスは防水性のためにクラッチがありノブは回転しない。最初私も分からなくて当惑したが、少しノブを引き出し、巻き戻しの体勢にすると回転するようになる。このカメラを使うときは蓋を閉めた後の空写し時ノブを引き出す習慣をつける必要がある・・・当然回転の確認後は戻すことを忘れてはいけない。
DX対応ではないためフィルム感度は巻き戻しノブの基部のダイアルで設定する。環のまわりをつまんで引き上げ、回転させて設定する。面白いことに未だに「ASA−ISO」と書いてある。感度はISO25−1600の範囲で1/3段ずつ中間の細かな設定が可能となっている・・・露出補正をする場合もこの環でするため必要なのである。
フィルム巻き上げ角は144度で小刻み巻き上げも可能である。レバーは多少短めだがM6などと同じような「折れ曲がる」レバーで、タッチもやや重いがスムーズである。そもそも各可動部は防水のためシールされており、動きの感じは重めで「ヌルリ」とした動作感である。好まない人もあるかも知れないが、なんとはなしの「信頼感」を感じて頼もしい操作感だと感じる。
シャッターダイアルも大きく、動きは鈍いが確実に操作できる。速度は30−1000、A、M90、BでM90とBがメカニカルシャッターでそれ以外は電子シャッターである。Aは絞り優先AEのポジションである。スローシャッターは付いていないが、私にとってはフィールドカメラとして考えると充分である。シンクロは専用のストロボでTTL自動調光となり、その他の場合は1/90以下で同調する(ただし専用のシンクロコードが必要)。M90があるためにバッテリーがなくなっても撮影ができるのは有り難い。ちなみにバッテリーはボディ底部に格納室があり、使用電池はSR44X2その他である。なおシャッターダイアルにはRがあり、これは巻き戻しのポジション・・・昔はよくあったスタイルだがこれを忘れると巻き戻せなくなったりフィルムを切ってしまうこともありうる。
「Nikon」の小さな文字とシリアルナンバーがシャッター指標(これは水中でも視認性を高めるため太い)の下に彫ってある。
ボディ右肩に順算式のフィルムカウンターがあるが、これは非常に見にくい。方式はメカニカルの回転円盤式なのだが、小さな文字を凸レンズで拡大しており、しかも奥まっていて窓も小さいために見にくいのである。雨中では絶対見えない・・・要改善だろう。
ボディ前面右側にグリップがあり、これの底面にシンクロソケットの蓋が、上面にシャッターボタンがある。このボタンもグラグラとして頼りなくメカとして不安が残る。そのすぐ下にロックボタンがあり、スライドしてロックが解除される。ここまで割り切った「業務用」カメラにロックボタンは不要と思うが、あっても悪いわけではない。だが全体にグリップとその付属物は少し取って付けたような印象があり、他の部位と異なり作りがチャチに感じる。他の部分はたとえ良し悪しはあってもライカのような完成度を感じるが、グリップ部だけはまだ完成の極に達したとは云えないだろう。
レンズの脱着はたぶん普通に使うぶんには最も難しいところだろう・・・私や大半の人はレンズ交換しないだろうが。レンズは上下2本のピンで規制されて止まっており、外すときはレンズの外枠をしっかりとつまみ、感度設定リングの操作と同じようにボディから少し引き上げる。ピンは外側から見えるので(ボディ側の凹部にレンズ側のピンが嵌っている)それが外れた位置で前から見て左にレンズを90度回して外す。ここは防水が特にしっかりとしているので動きは重い。レンズを取りつけるときは逆の動きになるが、脱着に力とコツが要るため、慌てて不完全に取りつけると浸水のリスクがあるのと、落としてしまう事も考えられる。また上下逆に取り付いてしまうこともありうるが(上下対称の設計)作動上は問題がない(これは取扱説明書にも書いてある)が距離や絞りの設定はしにくくなる(そうとも言えないようである=追補2へ)。
カメラを正面から見るとレンズの上、大きなファインダーの下に「NIKONOS−V」とかなり目立つように表示してあり自信の程がうかがえる。カタログその他の印刷物に書いてある説明に「・・・水中撮影はもちろんのこと・・・学術分野をはじめ、暴風雨、洪水、火災の記録、またスキー・ヨットなどのレジャーにと幅広く・・・」など総合的な全天候カメラとしての性格を前面に出そうという考え方が受け取れる。実は1981年のIV−Aのカタログに今のものと同じ文章で広告されている。20年経っても、まだ特殊な水中カメラという認識が大きく、メーカーとしても困惑しているのだろう。私はフィールドカメラとして充分有意なものだと思うし、このカメラを必要とするような写真を撮る人達にはぜひ薦めたいと思う。
さて写してみよう。これは前記の各取扱より簡単である。順序は使いやすい方法/順番で良いと思うが私のやり方で話を進める。まずシャッターダイアルでAを選択する。これで絞り優先AEになる。次にレンズ右側の黒いノブを回して絞りの値を決める。レンズ前面の下側の窓に絞り値があり、これが回転し指標に会わせるという方式である。F2.5−22まで不等間隔で表記してあり、各絞り値に軽いクリックがある。同時に昔のカメラによくあったが、レンズの上の窓の距離目盛上に赤い被写界深度の範囲の爪が2本出て、絞りの開閉とともに開いたり狭まったりするのが面白い(昔のハッセルやローライのものと同じ考え方である)。簡単な機構だがメカニカル部分の少なくなった今、このような機能は新鮮に見えるのが不思議である。次にレンズ左の銀色のノブを回して距離を合わせる。このカメラは距離は目測なので、この点だけは現代のカメラに慣れた人には抵抗があるだろう。ニコノスに興味は皆あるだろうが、躊躇している人の大半はこの点である(価格のことは別として)。私とて簡単でも距離計連動は希望したいと思った。しかし距離合わせに慣れて実際に使ってみると杞憂にすぎないことが分かる。近距離は別としてワイドレンズなら勘と少しの絞り込みで問題は回避できる。むしろそのような条件で使うことに割り切るべきだろう。AFや距離計を付けて、これ以上のコストアップ(おそらく大幅になる)をしてでも全天候型のメリットを享受するより、今のままのコストですこしずつの改良を望む方が現実的である。
さて話を距離合わせに戻そう。feetが赤でmが黒で表記してあり、0.8mが撮影最短距離である。0.8m−∞が160度程度でまわり、前記の被写界深度爪がここで便利になる。あくまで目安だがF5.6に絞って、これを利用して撮影するとまず失敗はないだろう。
ファインダーを覗くと35mmのアルバダ式のブライトフレームが出ていて、近距離での上下のパララックス補正線(レンズの真上にファインダーがあるので左右のパララックスはない)が表示されている。ファインダーもフレームも昔のアルバダ式に比べて格段にクリアで時代の進歩を感じる。コーティングや内面の塗装も良くなったのだろう、逆光でも見えは昔ほど悪化しない。ファインダー内の表示について・・・下側に発光ダイオードでシャッター速度が表示され右が30、左が1000である。AE撮影時は適正値が表示され、マニュアル時は適正値が点滅する・・・正しい値に持っていくと点灯に変わる。それぞれ左右の外側に三角のLEDがあり、これが点滅したら露出オーバーかアンダーのAE追従範囲外になるため、絞り値の再設定をして測光をしなおす。更に一番右に雷マークがあるが、これは現在の多くのカメラが採用している専用ストロボの充電完了表示である。ファインダーは水中眼鏡からでも見えるようにアイポイントが長く大変見やすくなっている。しかし前記LED表示が陸上でファインダーに眼をつけるようにすると見えにくくなり、離すと見えやすくなるように設定されている。離しても角度が少しずれると見えにくい。それに顔をカメラから離すのは不安定な構えになり感心できない。この点は「絶対」改良の必要がある。特殊な水中カメラのイメージから脱却したいなら、水中でないと見えにくいファインダー内表示はマイナス点である。現在の技術ならハイアイポイントのままで表示を今より見やすくすることはそれ程難しいことではないだろう・・・AF化や距離計装備よりは簡単なことであろう。
構図を決めてようやくレリーズである。縦走りメタルフォーカルプレーンシャッターだが、ヘキサーRF(プチュン)やベッサR(バチャン)のような乾いた音ではない。「ブルン」というような軟らかい布幕のような音である。ボディの完全なシールのお陰で音は小さくなっているのだろうが、試しにレンズを外してシャッターを切ってみると音は大きくなるが、音質はやはり金属的な音ではなく「ブルン」である。ただしヘキサーRFと比べるとどうしたものかシャッターショックはやや大きい。
露出制御はヘキサーRF等の最新型と同じシャッター幕面ダイレクト測光で、シャッター面は薄グレーに塗ってある。受光センサーはボディの床面にあり、カタログ上では中央部重点測光となっている。測光はヘキサーRFよりやや神経質な動きをし、測光の範囲は多少狭い目なのだろう。残念ながらAEロックは付いていない(これも必要だと思う…もしどちらかを選ぶならロック付にするだろう)、しかし値は非常に正確で露出補正はほとんど無用である。
さてレンズに移ろう。このレンズは何と50年程前の35mmF2.5S.Lレンズの改良型である。「カメラ談義47」のレンズと基本的に同じ描写と見ていいだろう。ただしニコンも述べているとおり、マルチコーティングになっており、硝材(たぶんエコガラス)や貼り合わせの接着剤(たぶんバルサムから合成樹脂)の変更により屈折率/分散率が変わり、そのためガラスの曲率は変わっているとのことである。新しくRF用のレンズを開発するより古い実績のあるレンズを改良する方を選んだのである。ニコンはSからFにシフトするときも何本かその道を選んだ(105mmF2.5やF4等)。実際問題として通用しているから驚異である。この問題はライカやキヤノンでも大なり小なり同様のことがある。50年もの時間の意味を考えてしまう。ちなみにレンズの価格は定価でたったの¥21000である。開発費がとうの昔に償却済みのせいである。他メーカーも償却済みのレンズを安価で出して貰えないだろうか?1950−60年代には値下げ合戦もあったのだが、当時インフレ下にもかかわらずそのような状況であった。
さて話を戻して、このレンズの新旧の比較で気づいた点を書いておこう。一番変わったのは逆光性能で、フレア・ゴーストは激減した。順光では色彩の再現が派手になり(特に緑色が鮮やか)、いわゆる色乗りが良くなった。描写性能は当然によく似た傾向だが、ヌケがよくなり見かけ上1段シャープ感が増した。しかし昔のSレンズの味は充分に残っており、隠れた「新品で買えるクラシックレンズ」であることは間違いない。
まとめると少しお金に余裕があり、悪条件での撮影もしたい人であれば、極めて丈夫な全天候カメラとして勧められるカメラである。注文を付けるとするならば、グリップ部やファインダー等に少しの改良がなされれば更に良くなり、たぶん次のモデルは(これが1984年からの発売なのでそろそろではないか?)これらが改良されてくるだろう。
今日本で最もトラディショナルなカメラの1台であり、ニコンF3やペンタLXの消滅した昨今、消えるかも知れない危ないカメラであることも事実である。メーカーにその勇気があればだが・・・VI型の出現を期待したい。

ニコノス−V+35mmF2.5+RA  けいはんな学研都市。半逆光、暗くて絞りは開放に近いが周辺まで綺麗に出る。色乗りやヌケの良さも少しずつ旧レンズより改良されている。

追補-1 私の杞憂は本当になってしまった・・・生産中止である。

追補-2 水中写真を撮っておられるダイバーの方からのご教示があったので、原文のまま紹介します。やはりニコノスは水中カメラである。敬意を表したい。

「略・・・ひとつ気になったことがあります。レンズを上下さかさまに、とりつけた場合、絞りと距離の調整がやりにくくなるとのお話ですが、水中でカメラの前面をみて操作する方がはるかに面倒で、さかさまにとりつけた場合、被写体方向にカメラをむけ、レンズ面を上になるようカメラを90度あおると、絞りと距離がそのまま正立して読むことができ、大変便利です、これは地上でも同じ効果があります。たぶんこの実用性は、ニコノスだけが持つ唯一のものでしょう。 またこれは、正確に内部を知らないので個人的な意見ですが、シャッターの感触の点、水圧でシャッターが切れないよう内部はリンクを使用しているのかもしれません・・・略」
                     nagy

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