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エルマー90mmF4/トリプレット

シンプルエルマー/トリプレット

今回は少しクラシックで珍しいレンズを採り上げよう。よく雑誌などには出てくるのだが、あまり実際に使われているのを見たことがない「エルマー90mmF4/トリプレット」である。実は私の知人が現役で使っていて、なかなか写り/姿とも良いのに感じいっての試用となった。このレンズは1963−1968年に製造され、その間約6000本しか作られなかったのである。私もたくさん90mmレンズは持っているが、このレンズは見るからにスナップ時のハンドリングが良さそうで、知人と撮影に行ったときには使い勝手とは別に妙に「粋」を感じていた(実はこの時の経験が購入の動機になった)。赤ズマロン28mmなどと同じく、少し時代遅れであったために営業的な成功を納められず、逆に現在ややレアなレンズとして高値を呼び、そのためもあって現場で使われることが少ないのであろう。LとMのマウントで作られたが、圧倒的にMが多く、Lマウントのものは更に稀少品となっている。
戦前から続いてきたエルマー90mmF4/テッサータイプ4枚玉(厳密にはエルマータイプと云う方が正しい)は人気があり、幾度もマイナーチェンジを受けつつ長く愛された。しかしMボディの登場〜ズミクロン90mm/エルマリート90mmの開発の中で、新しくリーズナブルでコンパクトな90mmの開発の必要性に迫られたのであろう、当時のライツとしては斬新なデザインで登場した。コンパクトとは云ってもテレタイプのレンズとは異なり長さは結構長い。細くて軽いのが特徴と言えよう。このレンズは独特なデザインをしており、同時代の初代エルマリート90mmF2.8とは比較的似ているが、それ以外は類例がなく(私はこの2本のデザインは好んでいる)、この後現在のライカレンズと同系統のデザインに変わった。仕上げという点では1958年のズミクロン/ズマロン35mmや同時代の他のレンズと同じようなやや黄色みがかったクロームメッキ、軽合金の使用などと共通性が大きい。これらの表面仕上げは、それ以前のもっと白い/灰色がかったクロームやそれ以後のブラッククロームに比べて繊細な輝きを持つ反面、やや傷が付きやすく、また表面が綺麗なだけに目立ちやすいのも事実である。写真のレンズも傷だらけである。全体のシルエットは、このレンズより更に10年以上古いセレナー85mmF2と同じような下がくびれていてヘリコイドから上が寸胴な特徴あるものである。なおこのレンズのほとんどは写真のデザインだが、一部に距離環の前(上)が少しくびれたものが存在するようである(中村信一著「新バルナックライカのすべて」参照)。
レンズをマウント基部から見てみるとピカピカのマウントリングがあり(エルマー90より角が立っている)、その上の鏡胴はかなり細くなって黒のバルカナイトを巻いてある。そして更に少し細くなって被写界深度の表示がある・・・ここの幅が広く確認しやすい。その上がたいへん幅広のヘリコイドリングがある。ここに下からmの表示(黒)feetの表示(赤)がしてありいわゆるダブルスケールである。その上に滑り止めのターレット(いわゆるスカロップ模様)が刻んであるが、たいへん指がかりが良く、エルマー90mmの細かな仕上げより操作感は良好である。ヘリコイド自体は回転式で従前のエルマーを踏襲している。その上がクリックのよく効いた絞り環で径/巾ともに従来のエルマーより大きくなり扱いはしやすい。表示は等間隔の目盛でこれも見やすい。この環のターレット部に大きなメッキのネジがあるのが特徴的で、おそらく絞り環の位置決め用なのだろうが、なぜこれ程大きいのか不明である。その上にはフード(IUFOOや12575)を取りつける溝があり、フードを取りつけるとテレタイプではないため、細いが写真のようにかなり大きくなる。
基本のサイズや取扱は旧エルマーを踏襲しつつ、スタイルを刷新し非常にモダンで、使いやすさも考慮した良いデザインである。バルナック時代から引き継いできた旧エルマーよりもライカM3−2とよく似合った意匠と云えよう。
さてトリプレットの意味はそれまでのエルマーの3群4枚構成のテッサータイプから1枚レンズを減らした凸凹凸の典型的なクックのトリプレットタイプの3枚構成レンズとなったことによる愛称である。それまでトリプレットは色収差や球面収差、非点収差、その他の収差を補正できうる最低の単位とされ、コーティングの弱い時代にはレンズ反射面の少ない、理論的に理想のレンズとも云われていた。しかし完全な補正は望むべくもなく、張り合わせの技術を用い、面反射を極力抑えつつ性能を上げたテッサー、ヘリアー、ゾナーなどの3群4枚、5枚、6枚といったレンズが主流となっていた。しかし新種ガラス(低屈折/高分散、高屈折/低分散)の登場で、特に真ん中の補正用の凹レンズ(これが収差の補正をすべて引き受ける)に効果的に使えるようになって、ライカもこれに目をつけたのだろう。決してコストダウンではない。今でこそ新種ガラスも量産され普通に使われているが、当時は旧ガラスや新ガラスと比べて新種ガラスは非常に高価なもので、単純にレンズが1枚減ったからと云ってコストの低減には結びつかなかったのである。当時でも充分充実していた90mmのレンズの存在を越えて開発された、ライツ全盛期の実験と見ることもできよう。レンズの構成枚数を減らし、重量の低減と抜けの良い画像を得るための技術を追求したのであろう。コーティングは同時代の初期エルマリート90mmと似たようなオレンジ系の色が主体である。
さて写真を撮ってみる。仕上がりを見ると予想とは異なり黄色味が出ていてコントラストもやや低い(もう1本試した個体はむしろ青く、当時の新種ガラスの安定性に問題があり、経年変化があるのだろう)。私の知人の同レンズとはかなり異なる色の出具合である。旧エルマーと比べて格段にヌケが良く、コントラストの高いシャープな描写と思っていたのだが・・・「世界のライカレンズ」写真工業出版社:P86−87:野崎治朗著に「カミソリエルマー」との記述がある。実はこのコピーにも動かされた。これには訳がある。この時代の新種ガラス(ランタン系光学ガラス)に経年変化で黄変するものがあり、これを使った初期のライカレンズにも同様の症状が出たのである。このエルマーだけでなくエルマリート90やズミルックス50にも初期のモノには程度の差はあっても出たようである。私の1本目のエルマリート90mmもそうであった。このエルマートリプレットも最初期型で同じようなこととなったのであろう。実用から外れる程ではないが、カラーポジしか使わない場合は要注意である。色が黄色っぽく、コントラストが低くなっている以外は良好な描写と云える。そして2本目のレンズは、1本目と描写は似ているがむしろ青っぽくて意外であった。確かに旧エルマーと比べるとシャープ感は1段上で、絞りによる焦点移動/描写の変化も比較的小さいと思われる。ただしエルマリート90mmと比べると繊細な描写には欠けていて、「軟らかな階調性」よりも「カミソリエルマー」の方が似合っている描写である。絞りは最低5.6にしたい。開放では少し無理があるようで、私の旧エルマーの方が安定している。1−2段絞ると急激にシャープになり、旧エルマーを越えてキリッとした画像になる。旧エルマーでは少し絞ると多少の焦点移動があるのか中帯部に甘さが出て、更に絞ると良くなるが、そのあとは回折の影響が出て別の甘さが出る(要するに絞りの影響がやや大きい)。個体差があることを前提として選べばなかなか面白いレンズで、ライカMの中で最も多いタイプを持ち(おおまかに分けても12種)、ライカの力の入れ方が大きかった90mmのクラスはどれも素晴らしいものばかりで、35mm−50mmと並んで持ち比べる価値があるだろう。ただし本数が少なく値段も高いので、最初の1本と云うより、最後の1本と云うべきかも知れない。

トップの写真はM3に取りつけたエルマー・トリプレット。フードを取りつけるとこんなに大きくなる。古い時代のライツレンズがもう少し逆光性能が良ければこんなに大袈裟なフードは要らなかったんだが・・・細いレンズだけに長さが余計に気になる。この写真はズミクロン90mmF2/テレゾナータイプの3rdバージョンと比較した。これだけ大きさに差がある。トリプレットもノーマルの4枚構成のものとほぼ同じ大きさで軽快である(数が少ないせいで価格は2−3倍)。1st−2ndのガウスタイプズミクロン90mmと比べると更にサイズに差が出る。RF機の望遠には、その性質上コンパクトさが求められる。私も単純な性能なら2ndのカナディアンを使いたいが、現実はテレエルマリートかアポランターを使うこととなってしまう。少々高くついてもトリプレットに期待していたが(2本試用)、残念ながらテッサーやトリプレットタイプによくある、絞りによる焦点移動・画面の平坦性等の問題点は解決されていなかった。

試したうちの綺麗な方の個体。以前はずっと高かったがブームの終焉とともに少し安くなっている。

ついに安価で綺麗なトリプレットがやってきた。これからテストを兼ねて使いたい(2005.10)...少し解像性に問題あり(F4−5.6)だめだった。

M4に。スタイリッシュなレンズで、90mmのLeicaレンズの中では最も洗練されたデザインのように思われる。

近所のため池にて。ため池は灌漑用としての機能は失われつつあるが、土地の農民には大切にされている。普段はコイやフナを放流しており、水を抜く季節のこの日はそれを刺し網で捕ろうということである。シャープではあるが、決してコントラストは高くない。ある種、品のある描写と言えよう。最近のレンズは大口径化・補正の完璧さ・エコガラス使用などのために大型化する傾向にあり、多少暗くてもいいから小型で性能の安定したものを希望している。古いレンズを試すのにもそういう希望を持っているからで、メーカーの考えとはなかなか相容れない。その意味でコシナ=フォクトレンダーのカラースコパー28/35/50・アボランター90の挑戦の意味があり、高く評価している点でもある。

久しぶりに新しいレンズがやって来た。ここのところデジタルに忙しく、Leicaもボディ中心に眺めていた。友人がデジタルへ移行し、「宝の持ちぐされ」状態となっきたため譲ってもらうことにしたのである。テストはまだ・・・期待したい。レンズだけではなくフードも古い型としては状態がずいぶんと良い。

テストの結果、この手のレンズとしては考えられる最良の結果を出したため満足している。ついでに「ミントの」M4−2(例の赤バッチモデルの次のロットで生産されたM−4に近い構成のボディ)を購入・・・これが信じられないぐらい安価=M4−2はもともとMLeicaの中で最も不人気なモデルだが、これほどまでに下がってしまうとは・・・ともあれ1台救出されたことは確かだ。

開けると甘いが、少し絞ると(F8−11)恐ろしくいい・・・ようやく満足できるレンズに当たった。短命に終わったレンズには当たりはずれが多い傾向にあるようだ(当たり前か?)。


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