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エルマー35mmF3.5

nagy

切なくなるぐらい甘く美しい描写

今回は意外かもしれないが、古いLマウントのレンズを評価してみたい。と言うのも少し考えることがあってエルマー35mmを入手したのだが、たいして期待していなかったにもかかわらず、その写りにある種の感慨を持ったことによるのである。
このレンズは1930−50年の21年間製造され、約4.25万本作られたライツ初のワイドレンズである。戦後の1948年からコーティングがなされ、ここに取り上げたレンズもコーテッドレンズである(1948年製)。ノンコートのレンズに比べてはっきりと逆光時の効果が出ていて、フレアやゴーストで画面が見えなくなるようなことはない。
実は私もコーテッドで比較的綺麗なレンズだったので手に入れたのである。
今のレンズと比べると性能や使いやすさと言う点では劣っているが、見るからに精密に人間の手で作られた工芸品としての風格が魅力を感じさせる。私も「写るライカレンズ」を渉猟してきてだいたいの事は分かったつもりであるが、それとは別に古き良き時代のレンズにも関心が出てきたようである。ズマロン35mmF3.5Lに続いてズミタール50mm、ズマール50mm、エルマー90mmと少しずつその世界に分け入ってきた。どのレンズとも共通項があるが、エルマー35にはそれらの粋を感じ取った次第なのである。昔からのライツファンが言うところの「軟らかなライツの味」について、ようやくエルマー35をとどめとして理解できることになった。いやそれは僭越である。そのような分かったような気持ちになったということである。
特にノンコートのどうにも心許ない逆光性能から脱した、このレンズの性能はあなどれないものを持っている。後継機種のズマロン35と5年間も並行販売していたのにも、在庫処分以外の理由があったものと考えている。

さて実物を見てみよう。質量は実測115g(レンズキャップ付き、バックキャップなし)で真鍮製ながらその小ささ故案外軽い。サイズはこれも実測で(ノギスで計ってみる=古いレンズはデータが空白のものが多い)座金の径は47mm、マウント面からのレンズ長13.7mm(驚異の薄さである=ボディキャップ並!)レンズ前枠径36mm(いわゆるA36である)とにかく小さい。全体のデザイン/仕上げは同時代のエルマー50mmと同じで統一性があるが、時としてエルマー50と間違えて鏡胴を引っ張り出してしまいそうになるだろう。
レンズの座金は同心方向のヘアライン加工で黒の距離の文字が彫り込んである。同時代のズマロン35L(今回は分かりやすくするため、ズマロンとの比較も同時に記す)より細い字で書体も僅かに異なり、やや繊細な印象である。このレンズはm表記だが「mtr」と表示されておりズマロンの「m」とは異なる(私のズマロンは1950製で、このエルマーとは同時代である)。mの記載は∞−20−10−...2.5−2−1.75−1.5−1.25−1となっており、ズマロンの20...2.5−2.2−2−1.7−1.5−1.4−...より粗い表記である。ズマロンと比べて座金に刻んである「Garmany」の文字も極端に小さい。ひよっとすると戦後敗戦国として形見が狭かったものだろうか。操作性はほとんど同じで∞ストッパーがあり、回転角180度+、1m位置でピンにより止まる回転ヘリコイドである。
次に回転する梨地仕上げの鏡胴を見ると深度の表記があるが、文字は小さく横向きに彫ってある。あまり見やすいとは言えないが全ての絞り値がしっかりと彫ってあり、仕上げは良好である。距離目盛りと合わせる指標の線の部分も微妙なシルエットで少し切り欠きを作ってあり、とても手が込んでいる。経年変化ではっきりとは言えないが文字には赤色のペイントが埋められていたようである(現在は少し赤みを残した黒っぽい色)。ズマロンはすべて黒ペイントである。これに付いているピントレバーはズマロンとまったく同じもので違和感はない。
さてその上にはお馴染みのギザを切った36Фのレンズ前板(仕上げは同心方向のヘアラインポリッシュ)がある。これも全体にズマロンと比べてフラットな印象で、意図したものではないだろうがレンズの薄さは強調されている。ただしここに刻んである文字は両方とも同じ書体(書いてあることは違うが)で、エルマーの場合「Leitz Elmar f=3.5cm 1:3.5文字の向きが反転して絞り値」ズマロンは「Ernst Leitz Wetzlar 文字の向きが反転して Summaron f=3.5cm 1:3.5」となっている。どちらもレンズを無限遠にして前から見たときに文字の天地が正しくなるように彫ってあるのである。レンズ径はエルマー約10mm、ズマロン約13mm(危ないのでノギスは使えず定規で測った)と同じF値ながら、かなり前玉の大きさに差がある。そして最も特徴的なのは前玉の回りに絞り設定ノブがあることで、旧エルマー50などと共に不便さはあってもメリットの感じられない不可思議な構造と思われてならない。技術的な意味は当然あるのだろうが、同じように戦前のズマールやズミタールは現代のレンズの絞り環とほぼ同じ構造を持っているので、技術的な限界があったとは思われない。この絞り機構によってフィルターやフードに大きな制約が出て、かつ操作性も悪く、前玉に触ってしまうと言う(ひいては傷を誘発させる)欠点があるのである。なぜこのような機構になったのだろう? このレンズは幸運な過去を辿ったものか傷もなく、絞りの作動部も綺麗でスムーズに動いている。絞り値は大陸式(浅学で大陸式が何を意味するのかは不明)で、F3.5-4.5-6.3-9-12.5-18となっている。これは戦前から最後までそのままであった。戦後型であるズマロンは当然にF3.5-22(国際式=これも本当の意味は不明)で鏡胴に絞り環がある。絞り値の表示は現代のものの方が使いやすいのは言うまでもないが、慣れれば大差ないし、まして絞り優先AEやTTLマニュアル測光で撮るのなら何の問題もない。両方のレンズ共レンズ前玉の回りに小径のフィルターネジが切ってあり、エルマーはここへフィルターを着けると絞り操作も比較的楽にできる。ズマロンはかぶせ式のA36が基本であるが、末期にはE34のネジを外枠に切った個体もあったようである。そしてシリアルナンバーはどちらもこのレンズ回りの黒い部分に非常に小さく刻んであり、綺麗なレンズと汚い鏡胴の組み合わせによるレストアも実施し易いことになる。
レンズは3群4枚の典型的なエルマータイプ(テッサータイプとほぼ同じ=エルマー50は似ているが少し異なる)で1948年モデルより実施され始めたコーティングがある。このコーティングのあるエルマー35は案外少なく初めて触った。色はブルーとパープルの薄い色で、ズマロンのパープルとマゼンタの薄い色と異なる。ズマロンと同じようにコーティングのほとんどない面が2面ある。
絞り枚数は10枚でほぼ真円となる。ズマロンと違いクリックストップはなく、当然のように不等間隔である。

キヤノンVT+エルマー35mm。コーティングの青さが頼もしい。デザインがスッキリしているので、どのカメラとのバランスもとれている。


さて写りはどうだろう。前置きに述べておくが、当時のレンズは個体差が大きく簡単に理解して貰っては困るので、条件が整った「アタリ」のレンズの話として読んで貰いたい(実際1970年代までは個体差のある状況が続いていた)。
ひとことで言うとこれが驚きの結果であった。それまで「ライカの味」などと言うことに疑問を持っていて、現実的に一部を除いてM時代のレンズにしか興味を持たなかった私だが、今回ライツLマウントレンズへの再評価を余儀なくされた。
ひとつには当時の「最新技術」たるコーティングの効果が絶大でノンコートのものに比して逆光での特性が非常に改良されたことで、フレアは出るものの、前が見えないほどのカーテンのようなフレアではなく全体にベールを被せたような具合であり、ゴーストもひどいものは出にくいようだ。もちろん現在のレンズと比べてはならない。1948年という年代を頭に置いて欲しい。ズマロンよりレンズ構成が単純で鏡胴が短い分、抜けが良くて、色も浅いがすっきりとしている。
もうひとつ、ここが大切で本質的なことだが、全体に眺めると古くからのライツファンのよく言う「ライカの味」とはこういうことだと感じるような描写なのである。ある意味でMレンズの1stバージョンレンズの原点は戦前に揺籃されていたと言えそうなことがわかってきたことである。開放から見てみると、まずF3.5−6.3は中心部にはキチンとピントが来る(この辺はズマロンより良好=この頃のレンズで開放から一応使えるのは至難の技だ)が、周辺に向かうにしたがって溶けるように甘く崩れていく。ズマロンのようにコマ収差に引っ張られたような流れは見られなくて、まるでアウトフォーカスのように、しかもなだらかな線を描くように連続的に滲んでいくのである。実際のボケ味もとても軟らかく甘い。さらに絞るにしたがっての焦点移動も感じられずにピントの合っている範囲は広がるが、F9になっても周辺の滲みは消えない。さすがにそれ以上に絞るとピントは全面に来るが、それでも溶けるような画像感覚は最後まで残るのである。エルマー35も長い製造期間を通じてコーティング以外にも硝材や僅かなレンズ曲率の変更などの改良は続いていたと考えられ、4枚玉では当時としては極限的な性能に達していたのだろう。ズマロンと比べた性能の比較は簡単ではないが、できる像は明らかに美しい絵となる。今まで軟らかいと感じていたズマロンが妙に荒さのあるレンズ描写に見えてくるから不思議である。対ズマロンの価格は同程度ならずっと高いコーテッドエルマー35の実力はあなどりがたい・・・価値を知っている人はいるものである。私の撮影の目的や技術とは合わないが素晴らしいレンズで、同世代のエルマー50/90と組み合わせると耽美的・叙情的な写真の世界が開けることと思われる。かくして私には持っていても使わない(撮る目的が違う)勿体ないレンズであるため、この度叙情派の友人のもとへ行くことになった。製造後54年も経つが、また活躍して次の何十年かを生き続けるだろう。

近所の村での子供達の写真。詳しくは「インフォメーション」参照。フードなし、空はピーカン、右の少年の頭の後ろに太陽がある(太陽を頭で隠したと言うのが正しい)完全逆光だが、実用的には問題ない。

ベッサTに取りつけたエルマー35。とにかくコンパクトで沈胴したエルマー50mmのようである。絞り調節以外は抜群のスナップシューターレンズとなるだろう。絞り優先AEカメラと合わせればそれも可能である。

更に逆光に対応するにはフードの登場である。エルマー35専用フードも悪くないが非常に高価であり、より深さがあり他のレンズにも汎用性のあるズームフード(FIKUS/12530)の方ががいいだろう(こちらがやや安価)。一番縮めると35mm、伸ばすにしたがって50−90−135用となる。右のリングはエルマー35の特殊な絞りに対応した部品。これをレンズ前に取りつけ、フードで押さえ込む。頼りないようだが実用にはなる。絞り操作はフード自体を回すことにより可能となる。

*トップの写真は左ズマロン35mmF3.5、右エルマー35mmF3.5である。薄さに注目。

2013年、ついに帰ってきたelmar 3.5cmF3.5、これはコーテッドエルマー・elmar 3.5cmF3.5としては更に古い1946年製だ。老後の楽しみのようなレンズとしておこう=Leica M Monochromeでも試したい。

テスト…F8まで絞れば立派な写りとなる。それより絞りを開けると周辺部がボヤケてくる。実用的にはF5.6以上だろう…それでも実用となるのは素晴らしい結果である。

フィルターは国産でも現役で売っている。隣は有名な赤エルマー。どちらも戦後すぐの生産品で70年経っても現役で使える。

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