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エルマー 50mmF2.8

ライカの伝統の粋を残したレンズ

今回は評判の高い、それ故に復活生産されたエルマー50mmF2.8(Mマウント)の新旧モデルの紹介をしてみよう。
写真の左が旧タイプのエルマー(1962年)で右が新タイプ(1997年)である。35年の時を越えて私の元で相まみえた。前者はM2と共に、後者はM6と共にやって来た。細かな異同はあるものの写真家の眼で見ると、ボディもレンズも双子のように見える。とても不思議な気持ちがする。きっと私が年老いた時も、今と同じ姿で私と相対していることだろう。先日ハッセルブラッド500CM(1975)を買ったが、2年前に手に入れた501CMとやはり同じ顔で私を見ている。
時代を超えたこの2本のエルマーを比較しつつ話を進めよう。
まず外から眺めると、両方とも真鍮の鏡胴にクロームメッキで一見同じような印象がある。違いをみるとまず大きさ・重さが異なり、旧エルマーは径52mm・レンズ長40.5mm(沈胴時20.7mm)重量225gだが、新エルマーは径は同じで長さは3mm程短く、逆に重量は243gと重くなっている。重さの差は金属部分が多いためだろうが、そのためもあってか新エルマー(以下、新という)が大きく見える。旧エルマー(以下、旧という)はその当時のライカのレンズに多い、やや先細りのデザインのため、更にピントリングが旧はレバー式のため幅が狭く、鏡胴部が3mm程長いこともあって、よりスマートに感じられるのだろう。鏡筒部は旧がクロームメッキの鏡面仕上げで、新は梨地仕上げである。沈胴させるとき、あるいは引き出すとき感覚的に旧の方がスムーズであると思うが、この仕上げのせいだろうか。メッキに関しては他のレンズと同じく新旧でかなり差がある。新が光が強く、手触りが多少粗く感じる。表面を拡大するとブラストの細かさはあまり変わらないのだが、手触りは旧が滑らかでどうしたものか新が汚れがつきやすい(梨地の細かな凹部に汚れが入るのか)。旧には初期にはfeet.m表記のバージョンが別々だったり、レンズの前面の社名の表記が小文字だったり、鏡筒のメッキの光沢が少ないものだったりと色々仕上げに違いがあったようだが、改良というほどではない。ビント調整は旧はライカ伝統のインフィニティストッパー付のレバー式の調整方法で、新のヘリコイドリング式の方法より圧倒的に使いやすい。特に沈胴式の場合、ヘリコイドリングの前がないのでズミクロンなどと違い「掴む」ことができず「つまむ」と云う感覚で、慣れるまでに違和感(と云っても慣れれば問題ない)がある。しかしヘリコイドについては新が唯一決定的な改良がある。旧の回転ヘリコイドから新の直進ヘリコイドへの転換である。絞り環を操作するとき回転ヘリコイドではストッパーで∞位置に固定してから、絞り値を設定し、そのあとでピントを合わせるという「儀式」が必要であった。外部露出計で測っていた頃(そして勘で撮る場合も)はそれでもなんとかなったが、TTLの露出制御ではお手上げである。そもそも回転ヘリコイドの場合、絞り環にクリックがないか、ごく弱いことが使いやすさの条件になる。しかし絞り環の位置が動いてしまいやすい欠点もあり、本質的な問題をかかえていたといえよう。おそらく直進ヘリコイドより構造が簡単で精度が出しやすかったことと考えている。旧エルマーがライカにおける最後の回転ヘリコイドレンズとなったと記憶している。ついでの話だが、ところがである・・・ヘキサーRFが出て時代遅れの回転ヘリコイドに出番が回ってきた。M6ではシャッター優先の露出制御なので特に上の不具合が目立ったが、ヘキサーの絞り優先AEによって、最初から絞りを設定してシャッター速を変化させる方式となるため、別に回転ヘリコイドが使いやすいとは云えないにせよ、決定的に使いづらいということも無くなったのである。そして新は0.7mまでの近接に対し、旧はこのレンズがVG用のLマウントレンズをMに流用したもののため1mまでとやや機能的に劣る。この焦点距離での30cmは大きい。ヘリコイドの回転角は新が70cmまで近接できる割には小さく(90度程度=旧は190度位!)、敏速に使うには使いやすい(しかし人によっては旧の大きな回転角も魅力があるかも知れない)。
さて絞り環は両者ともほとんど同じである。2.8〜16までの不等間隔の目盛りで絞り値が大きくなると間隔がせまくなる。違いはクリックのタッチが旧が固いことと(これは古いためかも知れないが、別に友人のLマウントのエルマー50mmF2.8とも比べたがやはり固いので、たぶん古さを考えても固めなのだろう)新に2.8〜8の間が半絞りのクリックストップがあること位である。
次にレンズ前面は旧がシルバー、新がブラック仕上げである。これなど機能的にはたいした意味はないのだろうが、印象は大きく変わる。どちらが良いかは好みの問題だろうが、意匠の大事さが判る部位である(私はこれも含め全体の意匠は旧の方が好きである=新はブラックレンズの方が良さそうである)。
前から覗くと旧は絞り羽根が15枚もあり、新は6枚である。レンズの構成はどちらもテッサータイプの3群4枚で、絞り羽根の位置が旧はライカの伝統的なスタイルの一群と二群の間に位置し、どこかで読んだことがあるが、絞りがレンズのすぐ内側に閉じたり開いたりするのが眼のまばたきに似ていると感じる。対して新では二群と三群の間に絞り羽根を置く、より一般的なテッサータイプの構造になっている。レンズコーティングは新が濃いマゼンタ・パープル系で、旧はより薄いマゼンタ系である。
フィルター径はどちらもE39で、レンズフードは旧がバヨネット式のITOOYであり新にも見たところ付けられそうだが、私はこのフードを持っていないので確定的なことは言えない。新にはE39ねじ込みの12550がある。これは浅いので効果が弱いが、コンパクトさが身上の沈胴レンズにはこれで良いだろう。勿論、旧にも問題なく付く。私はコンパクトさを優先し、このフードもつけずに撮影するが、特にひどいフレアーはでないようである。しかし一般論として、フードの取り付けは勧める。矛盾した言い方だが、私はフィールドワークで使用するため、エルマーは沈胴させてポケットに放り込んで(従ってフィルターは必ず着けている=ケンコーあるいはシュナイダーからライカ用としていいデザインのモノが出ている)おくような場合に使い、そうでないときはズミクロンを使うために割り切っているのである。
次に描写性能についてである。色々なライカ本に度々書かれているので、私が書くのは簡単な使用感だけにしておこう。物理特性は「アサヒカメラ」1997/8・ニューフェイス診断室480『コニカ ヘキサノン50mmF2.4/35mmF2』に表記のレンズとの比較として新旧のエルマー50mmF2.8と新ズミクロン50mmF2が一緒にテストされており参考とされたい。2本のヘキサノンについては少し私のテストとは違う部分もあるが、エルマーはほぼ同じ結果であった。
描写は、旧は開放ではかなり甘く、フレアも残っているのだろうやや白っぽい画面となる。5.6〜8まで絞ると新と変わらぬ性能と云える。ただしコントラストはやや低く、シャドウの締まりの悪い白っぽさは残っている(ただし同時代のズミクロンよりはましだと思う)。上記の友人のLマウントのものは少し曇りがあり、更に白っぽいがそれも画面効果としては面白いと思われる。新はズミクロンに比べやや線が太い印象があるが、コントラストが高く力強い描写と云えよう。これも5.6〜8程度に絞った方が良い。これより絞りが開くと、中心部は旧より良いが周辺部が甘いことは旧と変わらない。色は新は勿論、旧も当時のライカレンズの多くに黄色みがあることを思えばニュートラルで評価できる。
まとめてみると35年の時間の隔たりを感じさせない旧の完成度が目立ち、新は2.8−5.6の間の特に中央部のシャープさに改良点を見いだせる。エルマーF3.5の評価が高く、F2.8は目立たぬ存在であるが、性能はテッサータイプの2.8という条件での完成域に到達していたらしく、1994年復活したときにも硝材やコーティングその他に改良を加え、多少の性能の向上がみられたものの、それほど変わらぬ内容で戻ってきた。またそうで(基本性能の良さ)あればこそエルマー50mmF2.8は戻ってきたともいえる。1960年ごろまでと異なり「エルマー」はF3.5−4の明るさのレンズへのネーミングとなった現在でも、あえて「エルマリート」=F2.8ではなく、「エルマー」の名を与えたのであろう。つまりヘクトールやズミタール、エルマーなどの往年の沈胴レンズの粋がエルマー50mmF2.8にあり、これ以外に復活させるレンズはなかったのである。そのようにしてM6Jと共に発売(1994)され、その後一部を変更して今に至っている。そして2000年M6TTLブラックペイント限定モデルにも、このエルマーのブラックが合わせられた。
私にとっては、先にも書いたとおり沈胴させて携行性を良くすることが必要な場合に便利で必然性がある。そういう理由で、本当はエルマー3.5(L)ぐらい小さくなる方が良いのだが文句は言えない。出してくれているだけで有り難い。性能だけならヘキサノン50mmF2.4の方が良いが、携行性や取扱易さでエルマーが上回る。最初にライカが出たときから持っていた小型・軽量、操作性の良さ=街へ出て手持ちで撮影する道具、小さなネガから大きなプリントを得る・・・ライカの重要なコンセプトを残した「思想」の塊のようなレンズの姿を新エルマーに発見できる。そう、フィールド用の標準レンズとしての地位はあるだろう。私は最近このレンズの新品価格が下がっているので、もう1本黒を購入しようと考えている。ライカユーザーにもぜひ勧めたい。大昔のライカの沈胴式のレンズに対する固執とその必然性を掌の上で確認してもらいたいのである。

「桜花の祝園弾薬庫」−旧エルマーにて。

トップの写真はM3とエルマー3本・・・旧タイプと新の白と黒。

旧エルマー50mmF2.8をM3に。すっきりとまとまっている。画質ではズミクロンにかなわないが、この手軽さがライカの持ち味とマッチしているのだろう。

これは参考までにF3.5のエルマーである。レンズ以外はほぼ同じと見ていいだろう。

こちらは同じボディに新エルマー=少しずんぐりしていてスマートさは減った。形ばかりのフードだが使い勝手は悪くない。しかしピントレバーがないので旧に比べるとピント合わせは少ししにくい(ライカに慣れすぎたのか?)。

こちらはM4−2に新エルマー・ブラック。なかなか渋くていいと思う。

フードを着けた状態・・・白黒全部で3本もあるので友人を介してレギュラーの白黒2本を処分することにした(2008.1/残すのは「ハンザライカ用エルマー」だ)。

HANSA-Leica M6TTL付属のelmer 50mF2.8(HANSA刻印あり)。HANSAは80th記念モデルを出してすぐに倒産した。ノーマルと違うところはボディ上面の「Leica」の彫りと背面の「HANSA」の彫り、ボディ貼り革がリザード、フィルム巻き上げレバー・巻き戻しノブがM3仕様であるという点だ。

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