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ズミクロン35mmF2−M3

神話の彼方へ行ってしまったレンズ

ついに伝説化されたズミクロン35mm8枚玉のレポートにたどりついた。評価が難しく、今まで延ばし続けてきたレンズである。この度3本目の8枚玉を試して重い筆をとることにした。既に神話の彼方に行ってしまったレンズで、性能云々よりもレンズに対する固定観念が定着する一方で、価格的に実用の範囲を超えてしまっていることにより、有名なわりに実用している人が少ないのがその難しさなのである。程度の良いものは7枚玉とASPHとを足したような値段になるし、安い物(と言っても10−15万円はする)は何かに問題があって安定した性能を出していない可能性もある。つまりどれがこのレンズの最良の性能なのか分かりにくいのである。みんなが知っているのに本当の性能は誰も知らない・・・個体差の大きかった時代のレンズにプレミアがつくと評価が難しい理由である。
偶然と必然が重なり、私は3本(年式は「ライカL−M」のページ参照=すべてM3用)の8枚玉を試せた。当然のように3本の個体差は大きく、すべてを同じ基準で見ることは慎重でなければならないが、試せた範囲内で述べてみよう。

外見から見ると、デザインは同時代のズマロン35mmF2.8と同じと言ってよい。些末な違いはあるかも知れないが(絞り値がズミクロンは16まで、ズマロンは22まである。バージョンによってピントレバーの仕上げに差がある)レンズ部を見ない限り区別は不可能である。同時に眼鏡も同じ意匠である。レンズをマウント側から見ていくと、まず基部のリングに赤いレンズ脱着指標がある。同時に眼鏡を止める台座が上に出ている。眼鏡は単純に付いている訳ではない。眼鏡の後ろ側の枠がレンズに止められ、本体は更に別のネジで止められている。それでも強度としては不足があるようで、ぶつかったりしてここに歪みのあるレンズが時にある。ついでに記すと眼鏡本体も強度に欠けるところがあって、M3用の眼鏡レンズのアキレス腱と言っていいだろう。まず距離計側もファインダー側もレンズが粗悪で曇りやカビに弱く、材質のせいかヒビなどもよく見かける。レンズのアルミフレームも弱く、特にファインダー側は突出しているためか当たって変形しているものも時々見かける。更にコーティングがないため逆光時はゴースト・フレアのオンパレードである。レンズの収差も虫眼鏡に近いため、ファインダー像を見ても周辺は大きく流れている。おそらく多くの人がM3に広角レンズを着けるとき、眼鏡なしのレンズで外付けのファインダーにしているのは眼鏡のかさ張りだけではなく、この眼鏡の性能と関係していると思われる。眼鏡の存在理由である50mmのフレームに合わせてワイドのアタッチメントを着けて、Mライカの特徴である「実像式一眼式レンジファインダー」の機能を維持する姿勢は高く評価できるし、アイポイントが長くなるという副産物にも好感を持っているのだが、それに見合う性能だけは維持して欲しかった。そしてズマロン35mmF3.5の時も解説したが、眼鏡は「見え」の問題以外にも距離計の連動という大事な機能を持っており、ファインダーの歪みや別のレンズのモノとの組み合わせにより、連動関係の破綻が起こりうる事も忘れてはいけない。最後まで眼鏡の問題点は改善されず、アイデアがいいだけに惜しいことであった。
さてその上に先すぼまりのリングがあり、ここには被写界深度の表示がある。ここは幅が広いがレンズの脱着用の手がかりに便利である。ただし実際に脱着するときは気を付けた方がよい。眼鏡が一緒に大きく回転し、かなり不規則な形をしているため、慣れないとボディに傷を付けたりレンズを落とすこともある。それにしても奇妙だが素敵なシステムである。
さて次は距離環である。距離表示はいわゆるダブルスケールで、feetが赤で上/mが黒で下に表示してある。40年前のものでかなり使い込んでいるにもかかわらず、その動きはスムーズで精度の高さを実感できる部分である。ピントレバーはなんとリングと一体の削りだしストッパー付の二股タイプで使いやすい(リコーGR28は、この形を取り入れたのだろう)。
ここでピントレバーの話。ピントレバーはライカのものだけでも種類が多く、1.初期のチョボひとつ 2.このレンズのタイプ 3.もっと薄いストッパーなしの二股タイプ 4.板状のタイプ(これには様々のバージョンがある) 5.幅広の二股タイプ などがあり、どれもそれなりに合理性があると云えようが、仕上げやデザインという点ではズマロン2.8やズミクロン8枚玉のものが最高だろう。
この環に「Canada」または「GERMANY」と彫ってある・・・どういう訳か私の見たものは大文字小文字の使い分けがこのようになっていた。最短撮影距離は0.65m(0.7mのものもあるという説がある)と眼鏡なしに比べて5cm近くまで寄れる。ここでの5cmは大きい。
その上に絞り環がある。幅は狭いが少し突出しているのと、刻んであるギザが適切なためフードをつけていても調整は容易である。絞り環は等間隔絞りでクリック付(中間クリックはない)でタッチは固さ・節度とも良好である。
レンズ先端部にフード取り付け用のスリットが切ってあるが、ズマロン3.5と異なり仕上げは鏡胴と同じではなく、やや軟らかい材質であるためフード脱着で傷が付きやすい。フードは古くはラッパ型のIROOA、新しくは12504,12585(以上メタル),12538(プラスチック)などが使える。ライカの規格の統一は好ましいものである。40年以上前のレンズに現行のフードやフィルターが使えるのである。日本のメーカーも見習って貰いたいものである。
レンズ枠(フィルター径はE39)を見るとズマロン2.8より当然ながら前玉の口径も大きく、レンズも前に付いている。ここの部分でズマロンとはっきり区別がつく。レンズはご存じ6群8枚構成で絞りを中心にほぼ前後対称の配置になっている。コーティングは当時のズミクロン50mmなどと同じようなオレンジ色中心のもので、やはりやや軟らかくカビ、曇りにやられることも多い。更にクリーニング時に剥がれやすく、注意すべきは再研磨したどれかの面が白い反射光があるものが存在することである。安いレンズならそのようなコストをかけないのだが、プレミアのつくようなレンズのため時々あるのである。勿論安いが、他の性能はともかくとしてフレア・ゴーストの出方は想像以上であることもある。逆にコーティングの威力を感じる時である。それまでたくさんのレンズを使えば収差補正に有利と分かっていても、透過光量の低下と上記の理由で導入しにくかったのである。単純なレンズ構成(テッサータイプやトリプレットなど)か、張り合わせレンズの多用(ヘリアータイプやゾナータイプなど)で対応していたのである。

全体の仕上げとしては同時代のエルマー50やズミクロン50などと同じくやや輝きのあるクローム仕上げである。ブラックのペイントやクローム仕上げもあるそうだが数が少なく見たことはあるが使ったことはない。この時代のライカレンズは確かにどれもよくできていて、コンパクトなのに使いやすく、細かな所まで行き届いているとユーザーに感じさせる。性能とは別にしても一流品の威厳があるだろう。また眼鏡付のレンズは見た目がゴツく、使いにくそうに見えるが慣れるとほとんど気にならない。眼鏡部分をぶつけないようにしよう。実際はM3だけでなく、M2.4.5.6.7(0.85モデルだとなお良し)の全てに使用可能で、M3に対応しているだけでなく多少のメリットもあるのである。

さて描写について語ろう。ズミクロン35−8枚玉は3本テストしており、1.1963−ドイツ 2.1959−カナダ 3.1959−カナダ である。ズマロンの時もそうだったようにズミクロンも個体差が実に大きい。理由としては実際に手作り的な方法で作っていたこと、製造の技術の標準化が完璧ではなかったこと、その後の40年に渡る使用・保管状況の差による経年変化などによるものと思われる。全体を通して見ると、極端ではないがやや温色系(アンバー)の色再現で、そのなかでは3が最もニュートラルであり、1が最も黄色かった。私はこの程度の温調は問題としないが、人によっては気になるレベルである。コントラストはやや低いが線は細く、露光を適正にすれば高い解像性能が得られる。ただしこの時代のライカレンズに共通の課題として像面の平坦性が不足していると考えられる。つまり中心は極めてシャープながら周辺部が溶けるように崩れるのである。周辺部を犠牲にしても中心部を最高の性能にしたかったのだろう。L時代からの「小さなネガから大きな印画を」という理念の具現である。ツァイスを持ち出さずとも同時代のキャノンやニコンに比べても平坦性は悪い。当然絞ればどれも似たような結果であるが、開放から5.6までの話である。シャープさは1が良好で5.6位置では後世の7枚玉にも匹敵する・・・当然現行の各社の35mmレンズにも・・・実力である。ただし周辺までピシッとピントを来させるには8にはしたい。しかし8だと中心部の線の細さの限界であり、8を越すと線が太くなりこのレンズの「味」はなくなる。つまり5.6−8が一般的な撮影では良いと思われる。風景なら遠距離での結像性(つまりは平坦性)とコントラストが欲しいので5.6半−8半か。もう少し近距離での撮影では、周辺に目をつぶるなら4でも充分である。2.8だとピントに不安が出始めるので複数のカットを必要とする。というのも平坦性が悪いのでピント位置が定まらない・・・有名な「デッコマ、ヒッコマ」である。これは距離によってピント位置が少しでも移動すると中心が良くなったり、少し外側が良くなったりするのである。決まった距離でのチャートを使ったピントテストでは分からないことなのである。ちなみに私は無限遠を基本にして必要な中間距離のテストを実行している。私の経験ではマクロレンズを除いて無限遠の描写のしっかりしている(つまり平坦性の良さと内面反射の少なさ)レンズは様々な条件に追随できると思っている。つまり条件の悪い時でも破綻が小さく、中間距離や近距離で良いレンズは「ラチチュードが低いフィルム」と同じように条件が厳しいと難しいレンズになると思われるのである。特定の使用目的に合致するレンズ選びが大切だが、私に於いては上記の評価が原則である。
平坦性の悪さとは別に古い8枚玉の多くが一旦分解されてOHされ、再度組み立てられていることも関係しているだろうが、時としてピントの位置が定まらず、開放で撮るのはなかなか技術的に難しい。方法をひとつ紹介しよう。距離計で合わせた後、露出におけるABC露光と同じようにあえてピントを前後にずらして撮る、あるいは3回ピント合わせをし直してシャッターを切る(ヘリコイドを遠くからと近くからとから動かす)。どうだろう。古い設計のハイスピードレンズ(当然、ノクチやズミルックスも含む)では、ズミクロンに限らず常識ととらえても良いと思う。

フレアとゴースト(つまり種々の内面反射)も大問題である。特に8枚玉はレンズ反射面が多いため逆光ではハレが出る可能性を前提に作画せねばならず(この点一眼レフは便利である)フードも必携である。2のレンズはコーティングが1面少し悪かった分フレアが多く出た。ゴーストは比較的少ないと言え、ライカの悪しき伝統はここから始まっているのではないかとすら思う(現行品でも国産に比べてゴーストは少ないがフレアは出やすい)。逆光時や輝度差の大きい条件では注意することである。例えば日陰を撮るときにも空の明るさを拾ってしまい画面全体が白っぽくなることがある。このようなときは少しでもカメラを下に向け、あるいはフード以外にも掌やノートなどをかざし、多少なりともレンズに画角以外から来る光をカットすることだろう。フレア・ゴーストは見た目の汚さだけでなく、画質そのものも低下するのである。大袈裟に言っているが、その時代としては標準的な出方で特に悪いわけではない。「神話」の彼方のレンズなので強調しておかないとガッカリすることになるからである。古いレンズはあまり期待せずに試すのがいいだろう。思ったより良いと得をした気分になるし、その逆だと嫌気がさして転売となるのがおちである。少なくも総合力では現行品にかなうはずはないのである。これを肝に命じて楽しんで欲しい・・・8枚玉はそのためには高すぎる、20万円だして「こんなものでしょう・・・」では立つ瀬がないと云えよう。その意味では初心者には絶対に勧められない。よく判り、よくこなれた人には条件付で勧められるが・・・。

さて中間距離では5.6あたりで抜群の性能を発揮する。線の細さと同時に描写に不思議な透明性(癖玉として有名なズミルックス35もたいへん似ている)があるのである。文章で表現するのは難しい。コントラストが低く色乗りは悪いが、階調が豊富で潰れたり飛んでしまいにくいのである。モノクロだと更に良いのかも知れないが、私はモノクロをほとんど使わないため確定的なことは言えない。カラーでも派手さはないが、ハイライトやシャドウでの色の濁りは出にくいため、比較的使いやすくすらある。特に曇り日では逆光リスクが小さくなり、黄色っぽいレンズの色に助けられて更に良好である。コントラストの低さは少しオーバー気味にすれば透明感が増すことにより対応できる。風景写真には思わしくないが、スナップや作品的(妙な言い方だが)な写真には現行品にも負けない適性があるだろう。

初心者には判りにくい解説になったかも知れないが、「8枚玉」は条件付でいいレンズである。これが結論である。ただし「神話」は本当の話もあり、本当でない話もあり、自分で使ってみなければ分からない性質である。最高の性能を求めるならズミクロンASPHかヘキサノンKM35mmを求めるべきで、更に理想のレンズなどは無いという前提も必要だろう。需要と供給のバランスで高騰している価格だけが残念である。もうすこし手軽に使えるなら別の存在理由があっただろうにと思う。ほぼ同じ意匠のズマロン35mmF2.8なら同程度で1/2で買えるのである。さてはてズミクロン8枚玉は旧ズミルックスと並んで35mmレンズの遍歴の果てにあるレンズと今のところ云っておこう。

最初のレンズによる撮影−近所の山で。ここでは判らないが枯れ葉の葉脈の1本1本まで写っている。ボケ味もマイルドである。ただしここでも空からの光で弱いフレアが出ている。

2番目のレンズによる−近くの工事現場。これも薄曇りの日だが、この距離では極端に細かく写る。色も青みが強くならないため良好。

3番目のレンズによる...旧大阪鉄道管理局跡地にて−ヨドバシがやって来る。絞り開放だがこのような撮り方だとシャープな面が強調される。周辺光量も落ちは小さい。

さて4本目の8枚玉をテストしてみた。過去の3本より逆光に強く、抜けもよくて、シャープ感も大きい。ただし遠景の解像にずれがあり、ピチンとは写らなかった。これには原因があって、レンズの1面が再研磨、再コーティングされているのである。すべてに一般化はできないが、再研磨(勿論、評価の定まった技術者の手になるものである)での性能の変化に参考になるだろう。つまり曇りや傷などを取り去り、現代のコーティングを施すことによりレンズの性能は蘇る可能性がある(つまり一見綺麗なレンズでも経年変化で新品時の写りより落ちていることも考えられる)。しかし実用の範囲内とは言え、性能の低下の可能性も合わせ持っていると云えよう。従って再研磨に関して、どうにもならないレンズについてはもっと評価してもよいと思われる・・・オリジナルのレンズと比べて個性は変わるが、客観的に見て総合性能は悪化しないと云えよう。当然に技術的な信頼性が要求されるが・・・価格は綺麗なオリジナルよりリメイク品はずいぶん低い。

久し振りにズミクロン8枚玉がやってきた(5本目=買ったのではない)。これからテストしてみよう。

5本目の8枚玉...私の世話になっているお店の前で。F8程度で撮っているが、これくらいまで絞ると全面にピントが来る。このレンズもまたF2-4では遠景の周辺が甘い。色はよく出ているしヌケも悪くないのに惜しい。たぶん私は借りてのテストだけで終始しそうである。7枚玉やASPHに比べるとどうしても(もちろん価格も考えて)所有したいとは思わない。「好みの問題」と割り切るか、実用的に考えたいかの差で決まるレンズである。趣味が悪いとは思わない=デザインはズマロン35mmF2.8と同じで私としてはズマロンに「好みの問題」を託している。どうだろう。

またまた登場、6本目の8枚玉。不景気のせいか品物が余りつつある。これもテストだ。コーティングが5本目とは異なる...これはアンバー(と言うよりオレンジ)で、5本目はマゼンタが強い。たいした時代の違いがないのになぜだろう。8枚玉とは限らずに、Leicaレンズには、ブルー・パープル・オレンジ・アンバー・マゼンタ・近くはグリーンなど、異なるレンズは当然だが同じレンズでも色々の個体がある。ライカ社では増透効果、フレア・ゴースト軽減以外に色彩調整のためにコーティングを使っていると言っているが、どういう差だろう?それはコーティング色の補色が多めに透過するためにオレンジなら画面は青っぽくなるはずだが、それほど明快には分からないのである。当然硝材との関係もあるが、同時代の同じレンズでも個体によって異なる(例えば友人の持つ同時代の旧ズミルックス35mmが綺麗な青、私のがアンバーである=ところが私のレンズの絵は黄色味があって青くはない)ことがある。

6本目の8枚玉にて。大阪・あびこの府営住宅の中庭にて。充分なピントと階調性を有する...経年変化によるものか絞り値によってピントの移動があるようだ。もちろんF5.6以上であれば問題ない。レンズ外装はたいへん綺麗だが内部が汚れていた...しかしOH後の撮影結果では6本の8枚玉の上位にランクする。カビあと由縁に安価(実はOH込み\35000)でほぼ最良に近いレンズにあたったのである=待てば海路の日和あり。教訓、外見に惑われず、名声に惑わされない事。

テストの結果ついに購入することとなった、上記6本目の8枚玉がOHから上がってきた。そんなはずもないと思っていた「放蕩息子の帰還」のような、あるいは「舞い降りた天使」のようなレンズである。さっそくM6TTL/0.85に取りつけて撮影の開始である=M3にと言いたいところだが実用的にはこちらが便利。

近鉄木津川台駅を通過する急行の運転席。うまく止まった。このレンズはある程度絞りを開けていても安心だ。眼鏡付レンズはボディに取りつけて携行するのには大袈裟で重い。まボチボチ行こうか。

追補:M3以外のライカMボディに取り付けた眼鏡付レンズのメリットとして、アイポイントが長くなり、私のような眼鏡着用者にも見やすくなる。5cm程だが近寄れる。フードのケラレが小さくなる。人気がないせいか同じ程度なら安く買える...などがある。

*このページは特に新知見を得て改訂を続けていきたい。それほど評価が難しいのである。概ね古いレンズは総合的に見ると性能的に劣り、新しいレンズは改良されて良くなっているのが普通だが、このレンズだけは事情が違う。確かに総合的には世間での風評ほどは良くないのだが、中間絞りの中間距離の時、或いはある特定の撮影条件では明らかに優れているのである。
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