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ニッコール35mmF2.5SとL

いにしえのニコンレンズのテイストを楽しもう。

今回は昭和20年代に明るい広角レンズとしてならした、RF用のニッコール35mmF2.5(正式には3.5cmであるが今回は分かり易くするために35mmと表記する)を採りあげよう。「カメラ談義」11.34に詳述したように、この時代に国産の広角レンズの開発は急で本家ライツやツァイスを質・量ともに上回った。その一方の代表がキヤノンであり、もう一方がニコンである。特にニッコールは終戦まで軍需産業であったニコンの民生用としての生き残りのための営業方針として各種のカメラにレンズを供給していた、今でいうレンズメーカーであった事に興味が持たれる。したがってニッコールはSマウント(ニコンS系カメラ用)、Lマウント(ライカスクリューマウントカメラ用)Cマウント(コンタックス用)、少数のエキザクタマウントが生産されていた。戦後雨後の筍のごとく出回った各種のライカ型カメラとの関係にも興味が持たれるが(ニッコールレンズは様々なカメラに純正レンズとして供給された)今回は煩雑になるので省略する。ともかくもその後現在に至るまで続くニコン−キヤノン間のライバル関係の幕開けとなる戦後の草創期の話となる。35mmレンズはまず戦後の焼け跡の残る1948年、ニコンからライツエルマー35mmに範をとったテッサータイプのF3.5が登場し、1950年キヤノンから同じテッサータイプのF3.5が(私のテストでは画質としてはキヤノンがニコンを上回った/後発なので当然とも思われる)、1951年にガウスタイプのより進んだF3.2、更に1952年にF2.8と急展開を見せた。対してニコンは1952年やはりガウスタイプのF2.5(ほんの少しキヤノンより明るい−実用的には関係ないが良くある話である)で対向した。このレンズは客観的に見てキヤノンの2.8と互角の性能を得て、皆に親しまれつつ両者ともRFカメラの終焉期(1960年代中頃)までタイプを変えつつ存続した。当時の技術でほぼ完成したレンズなのだろう、このあと開発は「より明るく」という方向を向いたが、一向に話が進まないのでこれも後日の話としよう。

さて今回のニッコール35mmF2.5はSとLのマウントレンズを持っており、レンズ構成は同じなのに外見がまったく異なる不思議なデザインセンスが眼をひく。概してニコンの望遠〜標準レンズはマウントの差によるデザインの違いは認められるが、広角レンズにおいては全く異なる意匠となっており、意図的に変えたとしか思われず、その合理性も見られない。あるとすればクラシックなバルナックライカのデザインと合わせたとしか推理できない。この辺はニコンが当時レンズメーカーであったことを考えると納得できなくもない。
さて簡単に歴史を述べておこう(定格はSマウント用)。1952年真鍮にクロームメッキの頑丈な鏡胴(200g)で登場し、1956年頃軽合金に黒塗装(115g)と軽量化がなされ、1959年頃絞り環がそれまでの内側から外側に移った新型(105g)になった。フィルター径は43mmをとおした。値段はコストダウンと量産化により、意外にも時代と共に安くなっている(他メーカーも同じ)。最初27500円、1960年に22000円、1963年に18000円である。世間のインフレ率は今より遙かに高く、それを考慮すると大変な値下がりと言え、いかに急速に大衆化していったのかが分かる。かくして外国人から見ると日本人の印象として眼鏡をかけて首からカメラを下げていると云うステレオタイプ化がなされたのである。Lマウントレンズについては資料がないが、やはりオールクローム(実測143g)から軽合金化が進んだようである。私のはオールクロームだが、絞り環のみ軽合金で黒になったものを見たことがある。全体としては2万数千本生産され、Lはそのうち約7000本程度とされている。

では実際のレンズを見てみよう。表記についてはSまたは特にことわりの無いときはSマウントレンズ、LはLマウントレンズとし、上下左右はレンズの前側から見た位置とする。
偶然だがレンズナンバーは249XXX(S)−250XXX(L)とほぼ同じ年代であり、材質/仕上げ/レンズそのものは同じと見て良い。両方とも真鍮にハードクロームメッキ・ポリッシュ仕上げの当時のニコンの得意の意匠である。丈夫さ一点張りの初期の仕上げだが撮影には重すぎて不向きである。ワイドから標準ならまだしも望遠まで同じ仕上げで(135mmは615g!)前記のとおり倍近い重量には閉口させられたであろう。コレクターズアイテムとしては後期の軽合金よりオールクロームの人気があるようだが(実は私も好き)「丈夫」と云っても程があると云えよう。Lについては大きさがご覧のとおり二まわりから三まわり小さいので実際の重量より軽快感がある。とても同じレンズに見えないが、SとLでこんなに大きさが違うのは主としてSマウントの外爪に合わせて径が大きくなり、絞り環が内側であるため長さも長くなったのだろう。S2につけると案外様になり悪くない(でもひとまわり小さい方が良いだろう)。レンズ脱着は右のバヨネットロックピンを押してレンズを右に回すとポロッと外れる・・・着ける時にはボディとレンズの赤玉を合わせて左に回すとロックされる−現代のニッコールと同じである。内爪の繊細さとは違って外爪は3本爪の頑丈なものである。ただしレンズ脱着には指掛かりのターレットが切っていないので少し取り扱いに注意が必要である(レンズ落下)。マウント基部から見るとレンズ脱着爪の付いたリング、次に少し径が小さくなった被写界深度環には2.5−22まで全部刻印している。そして距離環これだけには巾の狭いターレットが刻んである。ピント合わせはボディのダイアルでもレンズのリングでも可能だが、使いやすさと云う点ではレンズ側での操作だろう。ヘリコイドのタッチは少し遊びがあり水飴のような滑らかとは云えないが、まずは合格点であろう。ニコン独特の無限遠のINF表示にストッパーは効いていない。なぜ標準では効かせ、それ以外のレンズでは効かせないのか全く不明である。距離はシングルスケールであり、私のはfeet表示である。INF−3feetまで回転角が280度もあり、少し大きすぎるようである。おそらくこれはライカなどと異なり標準レンズの距離計連動の回転に合わせているためだろう・・・距離計連動のコロを押す方式のライカ、ダブルヘリコイドを利用してレンズによってコロを押す量を調整して、様々な対応ができる構造に比べると劣っているとも云えよう。さて距離環の先は絞り環である。ジュピター35mmF2.8などと同じでレンズの前枠が回転するのである・・・突出が5mm程度で先のギザも小さいため回しづらい・・・フィルター(径は43mm)を着けると多少回しやすくなるが。そして絞りの表示はレンズの内側にあり、左が2.5右に行くに従って絞っていく。不等間隔絞り(8より上は中間絞りは実質的には正確に使えない)で各絞り値で少し固いクリックが付いている。そして回転ヘリコイド(距離計連動の構造が回転式なので当然であるが)のため絞りは先に合わせる必要があるのとレンズの前からのぞき込みながら操作するため、両手が必要で非常に使いにくい。光量の変化する状況でのスナップなど不可能である。更にもうひとつ、INF位置で絞り値がレンズの上側にあり、カメラを首に架けた状態だとレンズは上から覗くことになり、カメラを完全に上に向けないと絞り値そのものが見えないのである。絞り値が下に来るのは(これならカメラを少し傾けただけで見える)4.5feet(1.5m位)程度になり、ここに固定すると絞りは合わせ易くなっても、今度は距離を合わせるのにまたまた180度回さねばならないことになる。このように二重三重に絞り値の設定は面倒である。カメラメーカーとしては新参のニコンのその時点での限界だったのだろう。
そして絞り値の刻んである内側にまたネジが切ってあり、20数oの小さなフィルターが着けられる。これはこの時代のレンズではよくあることで驚くに値しないが、この絞り環の設定(ニッコールS用のレンズでは、25mm.28mm.35mm/3.5が同じ構造)は決定的に問題があり、前述のとおり後期型では普通の鏡胴の外側に絞り環と絞り値表示になった。

さて大いに批判したが、Lではどうなのだろう。デザインは単にライツをコピーしたのか、バルナックライカとデザインを合わせるため意図して似せたのか分からないが、写真のとおりズマロン35/3.5Lと基本ではそっくりである。マウント基部から見るとライカ伝統の平たい座金があり、シングルスケールで距離が表示されている。仕上げはSと同じく非常に美しい。その上は距離環でINFから3.5feetまで180度程度で回転する。回転方向はSとは逆でやはりライカに合わせている。∞ストッパーの形式と形状はライカと同じである。更に絞り環があるが、回転ヘリコイドであることとレンズ自体が小さいので操作はやはりしにくい。しかし距離環にストッパーがあり、絞り値もINF位置で真上の指標がダイレクトに読めるため「慣れ」で違和感なく使えるようになるだろう。仕上げは巾の狭いターレット(ズマロンのように横に少し突出しているとなお良いのだが)と梨地の仕上げである。レンズ先端部にはまたターレットが刻んである。フィルター径は34.5mmで(なぜか当時としても中途半端な径である)入手困難である。更に内側にSと同じようにネジが切ってある(たぶん同じ径)。レンズは4群6枚のごく平凡なガウスタイプでS−L共に同じ構成、同じコーティング(アンバーとシアン)である。絞り環はどちらも8枚で形が良く「円絞り」に近い・・・しかし少し形が違いLの方が円味が滑らかである。そしてよく見るとレンズ1面目の後に2mm程の巾で周辺の光束を規制するリングが入っており、もう少し明るく設計したものの周辺の光束を切ることにより、さらに周辺を良くしたように思われる・・・これもよくあることである。

さて次は写りを見てみよう。テストの結果どちらもほぼ同じと云える。奇異に感じるかも知れないが、同じレンズ構成でも鏡胴やロットが変わると写りが違うことが多くあるのである・・・例:ニッコール50mmF1.4は(やはり同年代でS−L両方所有)主として周辺部の描写でSが劣後していた。偶然とは思えないのはどれかの(調べているが失念した)「ライカ本」で同じような報告があった。
話がそれたが、描写の傾向を述べてみよう。人気が長く続き、目立った改良もなされなかった事(ニコノスの35mmF2.5は改良されているが同じ系統のレンズだとの事である、そして105mmF2.5もまさにそのようにして一眼レフのF用レンズとして長く生き残った)を考えると容易に想像ができようが、当時としてはかなり良い写りである。同じ時代のニッコール35/3.5やセレナー35/3.5(どちらもテッサータイプ)と比べて格段に良く、特に周辺の解像の細かさは後の時代のレンズにも劣らない良好なものである。浅絞り時は全体に甘さがあるものの中心はしっかりしており、周辺に向けてなだらかに落ちていき、同時に周辺光量の低下も非常に小さい。少し絞ると(F5.6)周辺も立ち上がって像高の高いところまできちんと解像がなされる。中央部の芯を中心に中帯部−周辺部と持ち上がるように良くなる。画面のどこかに癖もなくごく周辺以外は平坦である。ガウスタイプのお手本のようななだらかさである・・・収差曲線が見えるようである。画像の平坦性が高く、コマ収差だけが残っていて少し絞ることにより霧が晴れるようにスッキリするのだろう。この辺の絞り値ではキヤノン35/2.8より周辺は良好である。F8でほぼ完了となり、あとはより固くなって画面全体としては平均の解像度は上がるだろうが線の細かさは失われる。全体としてはキヤノン35/2.8より線が太く、力強く感じるが、同じ絞り(特にF8まで)だと見かけ上の深度が深いように思われる。どうも収差補正という点ではニッコールが優れているが、キヤノンは周辺を少し犠牲にして中央部の線の細さをとったように思われる。ピントの外れた場所の崩れがキヤノンの方が大きく、深度の見かけ上の浅さになっているのだと思うのである。ここではライカレンズとは比べない・・・テーマとしてはニコンとキヤノンの対照なのである。おそらくニコンは他のレンズでも見られるようにツァイスレンズの道を辿ったのだろう?平坦性を重視し、開放から、そして周辺まで良く、その代わり絞ってもそれ程良くならない。しかし絞り込んでも大崩れはしない・・・要するにいつも同じ顔を見せるレンズ。特段に中央部の解像力を重視し周辺部は諦めるというライカのスタイルとは違う狙いなのだろう・・・してみるとキヤノンはライカ系統の本流とも云えるがこれも定かではない。キヤノンがクールであっさりとした、そして繊細な特性で色々な顔を見せるレンズであり、ニコンが重厚でいてウェツト/素朴な力強い特性のレンズと云って良いだろう。と言ってもこのレンズは決してコントラストの高いレンズではない。かなりの階調性(色相ではなく明度差のステップが細かい)が期待でき、50mmF1.4−85mmF2と合わせるとよく揃ったある種の塊のレンズ群となる(実のところ沈胴ズミクロンの系統と似ているが仔細はまだ早い・・・もう少し研究してみよう)。ニコンの意図は成功していると思う。色はモノクロ時代のレンズである。キヤノンよりカラー対応が遅れてかなり「黄色い」・・・色乗りの良さと濁りはいつでも同居している。実用性がないとまでは云わないが、黄昏時あるいは青に染まりそうな天気の良い日に使いたい。秋かな・・・3本まとめて持って山の川辺へいくとしよう。クラシックなボディではなくヘキサーRF(50mm以外は回転ヘリコイドなので絞り優先AEを使いたい)に取りつけて。

トップの写真はS2+35mmF2.5Sと35mmF2.5L(これにはカブセ式のケンコーA36フィルター装着)。手前のレンズ構成図はこのレンズのものである。

追補-1 大切な事をふたつほど書き忘れていたので追補する。このレンズは画質を見ると好みは別としてかなり使えそうだが、逆光特性はかなり悪く、一時代前のレンズの印象を拭えない。逆光時フレアや派手なゴーストが出やすく、それは同時代のキャノン/ライカのF2.8級のレンズよりやや悪い結果だろう。キヤノンはゴーストは出やすいがフレアは目立たず(霞のようなフレアで光芒を伴ったカーテン状のものではない)、ライカはフレアは出やすいもののゴーストは地味になっていて、現代の基準から見ると「良好」とまでは云えないが充分実用の範囲である。ニッコールはこの点逆光時(特にF5.6より下)は要注意である。もうひとつの問題点はLレンズの場合、ピントレバーがインフィニィティストッパーを兼ねていて、これをロック解除したとき足が少し長すぎて下に大きく飛び出し、そのまま近距離へ回すとボディの各部と干渉し傷を付けてしまう。下のCLではすぐ右のバッテリーチェックボタン、M系の多くのボディはフレームセレクター、ベッサRなら皮肉にもこのストッパーの逃げのための切り欠きの端などである。マウント部が一段高くなっている古いバルナックライカやキヤノン等の国産ライカマウントボディの多くは問題ない。その当時の設計だからと云ってしまえばそのとおりだが、ほんの少しの差でキヤノンやライカのレンズは干渉を起こしにくい・・・偶然とは恐ろしいものだ。勿論、ニッコールでも気をつけて足を引っ込んだ状態でピント合わせをすれば当たらないのだが、急いでレバーを操作するとついつい押しこんでしまうのである。Sシリーズの不運と同じくレンズでも不運なニコンであった。

追補-2 これは未確認の話だが、このレンズは現代のカメラ「ニコノス」の35mmF2.5と同じ構成と云う(ニコンのHP)。確かに構成図や実物を見るとそのとおりだと思う(ただしニコノス用は硝材も改良され、マルチコートである)。その話が出て、救えない故障のため使えなくなっていた防水カメラ「フジカH−D」の代わりとしてニコノスXを買ってしまったのである。逆光対策さえなされていれば信頼できるレンズと言う証である。

これの解説はまた後日。

IIIaに取りつけた。ピントレバーの使い勝手の関係で、最近はLボディに着けることが多い・・ピントレバーがMボディのフレームセレクターレバーに衝突しやすいため。ニッコールはほんの少し他メーカーに比べてレバーの取りつけ位置が低いのである。特にバルナック系ボディは小型であるこのレンズとのバランスがいい。大きさはほぼズマロン35/3.5L並である。

これはLeica DIII である。国産レンズではニッコールが最後まで「Leica的」なデザインだった。

S2+ニッコール35mmF2.5(W−NIKKOR−C 3.5cm f2.5)+EB2 京都二条駅前。再開発で古い町並みが整理されバスターミナルでもできるのだろう。晴れで薄い雲がかかった条件での撮影であるが、階調性は良い(コントラストは低い)。色は暖色に寄っているが、このような条件では問題がない。この映像では分からないが、かなり細かいところまで解像している。繊細ではないが隅まできちんと写る。

ライカIIIFxニッコール35mmF2.5xRA  大阪中央郵便局前にて。光が強いと描写も強くなる...しかし撮り比べてみると同じレンズとされているニコンS用とLマウントでは描写が異なる(50mmF1.4でも感じたがS用が軟らかい)ようである。偶然か、何か理由があるのか?

引用文献 : 「レンジファインダーニコンのすべて」久野幹雄著 朝日ソノラマ刊
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